科学技術はすでに振興している
だから付加価値を付けていくプロセスがイノベーションだ
総合科学技術・イノベーション会議 上山隆大常勤議員インタビュー

(国立研究開発法人科学技術振興機構 本誌編集長 山口泰博)

1995年に制定された科学技術基本法は、日本の科学技術振興に関する基本的な政策を定めてきた。この基本法に従い、5年に一度策定されているのが科学技術基本計画で、現在は5期の最終年度となる。そして、この基本法が去年6月、25年ぶりに改正され科学技術・イノベーション基本法へと衣替えし、今年4月から施行される。これに伴い基本計画も第6期がスタートすることになる。

法の目的に幅広い分野での研究成果を経済や社会の発展に生かしたいと「イノベーションの創出」を加え、人文・社会科学を除くといった文言を削除し、「人文・社会科学」を新たに適用対象としたことが大きな変更点だろう。

これは科学技術とイノベーションの関わりが密接に重なり、情報通信やAI、ゲノム医療など先進的な技術の急速な発展を背景に、人と社会の動勢が変化する中、科学技術だけでは限界があるからと言える。

そしてこの基本法の改正に、重要な役割を果たしてきたのが、総合科学技術・イノベーション会議の上山隆大常勤議員だ。同会議は、内閣総理大臣を議長として各省庁の閣僚と外部有識者14人の議員によって構成され議員の任期は3年。内閣府の「重要政策に関する会議」にも位置付けられ、関係予算の配分などで強い影響力を持つ。

本誌はこの基本計画を意識し、編成方針を策定していて、折に触れて文理融合、組織的連携、ときには文系といったワードで記事化してきた。

そこで5期から6期へと変わる節目に、多忙なところ時間を調整いただき政策系の常勤議員は異例と言われる上山常勤議員に話を伺った。

―社会科学系の常勤議員は珍しいですね

上山 サイエンティストが政策にまで踏み込んで知見を政策に落とし込み、議論し研究成果を世に送り出せるかというと、テクノロジーに精通していても、全ての領域に通じなくてはならないのはしんどいでしょう。理想は、サイエンティストがいて、われわれのような社会科学系がサポートするのがいいかもしれません。科学者がいて、政策の専門家がいて、産業界がいてそれぞれの役割や得意分野を生かしていくことが重要です。

―異なる人種が集まれば軋轢(あつれき)も生まれますが

上山 私は全然ありません。研究者のマインドセットは文系も理系も同じです。クエスチョンを解くためにわからない物を分かりたいとか、知りたいと思ってやっていますから。

―思い切った改正でしたね

上山 「人文科学を除く」を外して、これがいい機会でしたし、大きな改正ですがやらなくてはいけないと思いました。科学技術を振興させていくことだけでもありませんし、文系も入れて産連を進めていくことが目的であるとも思っているわけでもなく、科学技術の振興は必要ですが、皆さんは何のためにこの法律が必要なのかを忘れています。25年前にできた科学技術基本法は、「日本は科学技術で生きていくことしかできないから、科学技術を振興させなくてはならない」、これが元々の精神なんですね。具体的に言うと、科学技術に対する国家予算を増やさなくてはならない、そういうことを目的に書かれているのです。そしてそれは正しいと思いますが、科学技術を振興させるのは何のためなのか…、は書かれていないし議論されていません。科学技術を振興させていけば国は豊かになる、国民の生活も人生も豊かになる。ある種そのようなことが前提になっています。しかし科学技術はすでに日常に入り込んでいて関わらないものはないくらいに浸透しています。だとすると科学技術を用いて、どんなバリューを、どんな価値を、どんなソリューションを人に提供しようとしているのか、そのバリューを考えなくてはなりません。社会課題だけに限定されたものではなく、もっと大きなバリュー、一人一人の生活に関わるバリューです。バリューとは何か考えないと科学技術は進みません。そうしたとき、科学者だけがバリューを考えるのは難しい。多くの人の生活を考えたときに価値を論じるためにも人文社会の視点も必要だろうと考えています。

1期から5期に至る間にずれてきた、社会課題も解決するためのゲームチェンジ
上山 1995年の基本法はとても面白いタイミングでできた法律で、バブルの80年代、80年代後半くらいから始まった日本バッシング、米国の製造業は日本やドイツに市場を奪われました。そのとき日本との通商交渉で米国が主張したのは、「あなたたちは確かにいい製品を作っている。マーケットを凌駕(りょうが)している」といったことです。「だけど元の技術はわれわれが作った。膨大な資金を投入し、基礎研究を拡大してきたその成果を君たちが使っているに過ぎない。基礎研究に対しお金を入れていない。もっとお金を入れてください」とプレッシャーをかけてきました。それを受け止めた日本は、科学技術の基礎研究に、お金を入れるべきという論調が出てきました。それに乗じて基本法ができあがってきました。当時の米国は単なる科学技術の振興だけでなく、さらに進めてイノベーションに舵を切っていましたから、ある意味日本に代償を払わせるというような意図があったのではないでしょうか。

上山 基本法はいい法律でしたが、科学技術の振興だけでは実現できないことがすでに世界では起こっていましたが、残念ながら当時はそこまで踏み込んだ法律にはならなかったのでしょう。30年、40年遅れで日本版バイドール法や知財政策などを進めてきましたが、基本法が描き出している世界は、1期から5期に至る間にずれてきた。社会課題も解決しなくてはならない、ソサエティ5.0という社会像も提示してきた、その間に元々の基本法の範囲からずれざるを得なかったのだと思います。基本法が基になって作られているにもかかわらず、基本法の基から外れていった、それは外れていかざるを得なかったのだと思います。だから、改正しゲームチェン
ジする必要性があるということなのではないでしょうか。

―改正に対して、どんな反応がありましたか?

学術会議との対話
上山 基本法に縛られることに対し、おそらく当時のアカデミアは冷ややかだったのだろうと思いますよ。法律に規定されること自体に違和感があっただろうし、逆にこれで研究に対する補助事業が増えて、資金的に苦労しなくてもよくなるのではないかと歓迎する研究者もいたようです。しかし総じての空気感で言えばシニカルだったと思いますね。人文学者の方が反対の意見が強かったのではないですか。だから人文科学に関わる部分は除こうという結論になったのではないかと想像しています。その後、学術会議の側でも人文科学を入れて欲しいという声が高まってきて、改正ではとても協力的でした。今回の改正については、相対的に、それほど抵抗感はなかったと思います。抵抗感があるとすれば、人文科学を科学技術発展のために使う、道具にされてしまう警戒感はあったのかもしれません。

―具体的なイノベーションの定義は設定されたのですか?

上山 明確にしました。シーズは、科学から生まれたテクノロジーが中心になっていく、出口指向になっていく、最終製品やサービスだけがクローズアップされて基礎研究がおろそかになってしまう懸念はあったと思います。イノベーションは最終製品の川下を指しているのではなく、新しいものを付け加えていくプロセス全体をイノベーションとして捉えているので、そのような定義に変えました。なかなか面白い議論でしたよ。

―法律が変わることで期待されることは?

上山 基本計画は相当変わるでしょうね。ソサエティ5.0を実現するのであれば、一人一人のウェルビーイング(Well being)といった幸福や健康、不安を払拭できるような科学技術イノベーションが必要です。今回のコロナでもはっきりしましたが、デジタル化が圧倒的に遅れていたことが露呈しました。こんなこというと怒られますが、ソサエティ5.0は絵に描いた餅のようだったのではないかと。そのためには社会のシステムを変えなくてはなりません。政府、大学、産業界のトランスフォーマティブ・イノベーションと書いたのですが、物事を変えていく、変革していく、そういう行為をイノベーションと呼ぶと規定しています。ただそれが、どんな影響を持つかは分からないのですが、高等教育や産連の在り方、政府予算にも影響を及ぼすのではないかと想像しています。

―法律や政策を専門とするアカデミアの立場から見て産学連携はどう映っていますか?

補助金を出すだけでは難しい
上山 経産省(経済産業省)は、産学連携の現場にどっぷり入り関わっていきますが、ビジネスから距離のある文科省が旗を振り、文科省系のアカデミアをサポートするJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)が、同じようにどっぷり入り込んでいくのは難しいとは思います。プロジェクトを立て、研究費や補助金を出します。5年間はやってください。その後は自走してくださいといったことを繰り返しても産学連携の本来の目的を考えると難しい気がします。JSTしかり。戦後高度経済成長期に産学連携施策を通産省(現経済産業省)が主導してきましたが、当時の文部省(現文部科学省)は、蚊帳の外でしたから素人だったと言えます。しかし、かつては素人の様だった文科省も、ようやく熟達してきました。

―文系は何をすればいいと考えていますか?

研究開発や科学技術を進めるための法ではない
上山 基本法は産連を促進するための法律ではないので、文系は産連に入っていかなくてもいいのではないでしょうか。文系の研究内容によって資金を得る可能性もありますし、資金が潤沢にあれば研究が進みますし。この法律を通したことで現場では様々な動きが出ています。コロナでわかったことは、科学技術だけで解ける問題でないということです。マスクをするとか人の行動変異、それは社会科学ですよね。防災では、防災に関わるだけの技術開発をするのではなくて、人はどういう状況なら安心できるのかなど心理に関係するし、100%安全はないのだからといったリスクの許容度…。理文が融合し、そこかしこで変化が起こっているのでそれが基本法を改正した影響でしょう。だから文系がコンサルで稼ぐのは古いモデルで考え方です。5期ではデジタルもソサエティ4.0さえ進まなかったですよね。6期はシステムそのものを変えていくので、基本法では、物事を変えてトランスフォームして普及させ定義を拡大させていければと思っています。

―ありがとうございました。