島根大学 学術研究院 農生命科学系 生物資源科学部 農林生産学科 教授 浅尾 俊樹

「透析患者である祖父に好きなメロンを食べさせてあげたい」という元同僚の一言から、低カリウムメロンの研究が始まった。そして、従来の技術と知見の組み合わせから、おいしく、透析患者さんにも食べてもらえる、家族とともに食べることができる「しまね夢メロン(低カリウムメロン)」が完成した。

■透析患者さんにとっての高カリウム食品
腎臓の働きの一つとして血液中の老廃物や余分なミネラルなどをろ過し、尿として体外に排出することが挙げられる。腎臓には細い血管が多いために糖尿病や高血圧症からの合併症で腎不全となり、その後、悪化が進み、腎臓機能の10%以下になると週に3回の人工透析を受けなければならなくなる。するとミネラルの一つであるカリウムも一日当たり1,200mgに制限され、カリウム含量の高いメロン(340mg/100g可食部、6分の1カット)は口にできなくなる。カリウムはほとんど全ての食品に含まれ、メロンを口にすると、生きるために必要な食品を摂ることができなくなる。「欲しいものが食べられない」厳しい食事制限が続くのである。

■メロンの低カリウム化は可能か?
高カリウム食品の一つであるメロンをどのようにして低カリウム化できるのか。カリウムは窒素やリン酸と共に植物が大きくなるのに大量に必要な養分である。そのために野菜を育てる際には必ず窒素、リン酸、カリウム肥料を畑に投入する。特にカリウムは果実を大きくする肥料と位置付けられている。カリウム肥料を減らすと、あのおいしいメロンができなくなる。しかし、低カリウムメロンを作るためには、与えるカリウム肥料を減らさなければならない。どうしたら良いのか?

そこに従来から行っている二つの栽培技術と一つの知見の組み合わせが頭に浮かんだ。

1株に1果しか着けない温室メロン(ネットメロン)は果実になる花が咲くころには親ヅルや子ヅルの成長点を除去して、新たな葉や茎を作らせない。そして、その果実を大きくすることにメロンを集中させていく。葉や茎を大きくする栄養成長と、花を咲かせて果実を大きくする生殖成長を従来の栽培方法では開花後に人為的に切り替えている。その際に過剰なカリウムがメロン果実に入ってきているのではないかと考えた。そこで、カリウム肥料を制限しても正常なメロン果実ができるかもしれないと研究をスタートさせた。

メロンに与えるカリウム肥料を制御するためには、メロン栽培で一般的に行われている土耕栽培では難しい。土の中のカリウム肥料を取り除くことは不可能である。そこで、水に溶かした肥料、すなわち培養液を利用する養液栽培技術が必要になる。カリウム肥料だけをいつでも制御できるのが養液栽培技術である。そこで、当初は定植後、栽培初めからカリウム肥料を2分の1や4分の1などに制限して栽培を行った。すると、見事に低カリウム化を図ることができた*1, **1。しかし、栽培期間中の天候次第で十分な低カリウム化にならなかったり、低カリウム化が進み過ぎて甘さが十分でなかったり、なかなか安定しなかった。

そこで、一つの知見が頭に浮かんだ。カリウムは水に溶けやすい。レタスなど水にさらすことで余分なカリウムを除くことができる。桃の缶詰などもシロップを飲まなければカリウムの摂り過ぎを防ぐことができる。メロンは生で食べてこそ、おいしくいただけるので、低カリウムメロンが必要になる。また、低カリウム化を図る際に、植物体内でカリウムの移動が容易に行われることが考えられた。そこで、開花するまで、十分なカリウム肥料を与え、葉や茎をしっかり大きくする。開花後、根からのカリウム供給が停止しても、それまでに葉や茎に蓄えられたカリウムが果実肥大のために容易に移動し、果実肥大が正常に行われることが明らかになった*2。ただ、葉からカリウムの過剰移動が行われると葉が黄化し、十分な光合成が行えない。甘いメロンができなくなる。そこから、カリウム供給停止のタイミングを検討していった**2。

■チームで作った低カリウムメロン
低カリウムメロンは、どこまで低カリウム化を図れば、透析患者さんに食べてもらえるのか。その安全性はどのようにしたら明らかにできるのか。それらの課題を解決するのは難しかった。そこで、島根大学医学部附属病院内で病院食を作っている栄養治療室の管理栄養士を訪ねた。すると、透析患者のメニューにメロンを入れるためには、食品成分表値(340mg/100g可食部)の60%までカリウム濃度を下げる必要があると知らされた。そして、附属病院の透析専門医を紹介してくれた。島根大学の低カリウムメロン研究チームが立ち上がった瞬間だった。

松江や出雲地域の病院で働く管理栄養士向けに附属病院で低カリウムメロンの試食会を行い、大学農場を訪ねてくれた高校生に低カリウムメロンを試食してもらった。その際、カリウム濃度で食品成分値の30〜150%のメロンを作って食べ比べを行った。すると、カリウム濃度が低過ぎると「甘くない」、高過ぎると「苦い」と不評だった。「甘くておいしい」と一番好評だったのが50〜60%であった。また、試食を行う中で「今までメロンを食べると口の中がピリピリする」という人がいた。これは口腔アレルギーの一種で、その抗原はスギ花粉症と共通なために日本人の中にメロンに対する口腔アレルギーを持っている人が多いといわれている。本研究者もその一人であり、メロンが食べられない。このようにメロンが苦手な人も低カリウムメロンは食べやすかったという人がほとんどであった。低カリウム化はカリウムだけを少なくするのではなく、硝酸カリウムとして与えているので硝酸態窒素も少なくしている。そのためにアレルギーの低減化が起こった可能性が考えられた。そこで、低カリウムメロンのカリウム濃度は200mg/100g可食部を目標に研究が進められた。また、低カリウムメロンの開発は透析患者だけではなく、その家族と一緒に食べられるメロンを作ることになった。甘さや大きさなどが同じメロンである。透析患者にとって家族と同じものが食べられるのはうれしい。

一方、附属病院に入院されている透析患者さんにも低カリウムメロンを食べていただいた。その際、患者さんから発せられた一言が「こんな味の濃いものを食べたのは久しぶり」だった。涙して食べられたのがとても印象的だった。試食していただいた前後で血液検査をさせていただくとカリウム濃度の上昇は認められなかった。

■様々な取り組み
その後、出雲や松江地域、和歌山県などの透析クリニックで低カリウムメロンを食べてもらったり、地元マスコミ、そして「世界一受けたい授業」という番組でも取り上げていただいた。透析患者用の低カリウムメロンということで恐る恐る番組出演者が食べた瞬間、「これ、普通においしいメロンだ」というコメントが返ってきた。患者用食品もおいしいことが大切なことだと分かってもらえた。

玉造温泉(島根県松江市)の旅館では大妻女子大学の学生が考案した透析患者用ランチメニューの試食会が患者さんと家族、友人を招待して行われた。また、1泊2日の温泉旅行を玉造温泉の旅館2軒と旅行会社とのコラボで、島根大学低カリウムメロン研究チームがサポートしながら企画された。関西地方から多くの方の参加を期待したが、われわれの考えが甘かった。参加者は1組だけであった。それも低カリウムメロン研究チームの医師の先輩家族であった。その家族にはとても満足していただいたが、なぜ参加が少なかったのか考えた。案内のチラシは旅行会社、そして幾つかの病院にも送った。患者さんの目には留まっていたはずだ。しかし、家族には言えなかった。われわれは本当に透析患者さんのことが分かっていなかった。

透析患者さんの集まりである「腎友会」が各都道府県にあり、全国組織も形成されている。そこに出向き、メロンの試食をしてもらいながら、取り組みをアピールした。そして、少しずつ広がっていった。

アグリビジネス創出フェアなどに出展し、農林水産省でポスターを作成してもらった。

■地域企業による「しまね夢メロン」の生産と今後
現在、「しまね夢メロン」は地元の企業さんに作っていただいている。そして、低カリウムメロンを使ったアイスクリームやシャーベットなども。今では、花が咲くまでカリウム肥料をしっかり与えて、開花開始4日後には供給停止を行っている。「島根大学で研究開発し、島根で作って、透析患者さんに夢を持ってもらうメロン」として、今後、「しまね夢メロン」を作り続けたい。

また、メロンよりももっと高カリウムな食材であるサツマイモの低カリウム化を進めている。おいしい焼き芋もいっぱい食べていただきたい、そのような思いで研究開発を進めている。

*1:果実又は野菜の養液栽培方法:特願2009-296601(2009年12月)、特許第5622260号(2014年10月)
*2:野菜又は果物の栽培方法:特願2013-033659(2013年2月)、特許第6124251号(2017年4月)

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