ヤフーニュースで高い専門性を持つ「エキスパート」に認定され、コメントを投稿する法政大大学院の白鳥浩教授(現代政治分析)が21日に島根県内を訪れ、松江市内で自民党新人の錦織功政候補(55)の応援に入った岸田文雄首相と、立憲民主党元職の亀井亜紀子候補(58)の応援で来県した泉健太同党代表の演説を聞いた。

 全国3補選で唯一の与野党対決となり、党代表や幹部が続々入る状況を「総選挙の前哨戦」とみる一方、政治とカネや政権交代に話題が集中している現状に「県民が置き去りにされている」とも問題提起した。補選の位置づけや今後の政治動向について聞いた。

 ■「細田隠し」と「オール野党」

 補選告示後、東京15区と長崎3区、島根1区をそれぞれ巡った。全国3補選とも立民が非常に攻勢に出ている。もともと各選挙区は自民が議席を持っており、全選挙区に候補を立てるべきところだ。立憲が責任政党のお株を奪っている。

 自民の特徴は「細田隠し」。岸田首相は演説中に一言しか触れず、錦織候補は触れなかった。背景に細田氏が関与した疑惑がある派閥の「政治とカネ」の問題、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)、セクハラがあるのだろう。本来ならば弔い合戦になるところが、逆に足かせになっていると現地で改めて感じた。

 野党は共産党が自主投票を決め「オール野党」の形成に成功している点が他の2選挙区とは異なる。連合の芳野友子会長が選挙の街頭演説でマイクを持つのは珍しく、共産色が薄まっているのが大きい。

 岸田首相、泉代表も意識しているのは「政権交代」だ。岸田首相は「これまでと同じ勢力が政権を担当するのか、そうではないのか」と、まるで総選挙の時のような言葉を使っていた。泉代表も「政権交代を島根から」と繰り返し、島根が、さながら総選挙の前哨戦になっている。

 ■少ない地元の政策課題に触れる割合

 島根1区において、国政選挙として望ましくないと感じたのは、候補者や応援弁士の「演説の中身」だ。政策への言及が乏しい。長崎3区であれば離島の問題、東京15区は首都直下地震や防災のあり方など、候補者が地域課題を取り上げている。

 島根の場合、政治とカネの話は出てくるが、地元の政策課題に触れる割合は明らかに少ない。有権者が何を基準に候補を選択していいのか分からないまま選挙戦が終わってしまうのが心配だ。中央から応援弁士はたくさん入るが、彼らが島根の課題を深く知っているわけではない。候補者こそ語らなければならない。

 小選挙区はあくまで地域代表を選ぶためのもの。それが捨象され「政権交代だ」「与党だ野党だ」と声高に言われても、島根の有権者にとっては”置き去り”にされている感覚ばかりが強まるのではないか。

 島根1区の有権者に日本の将来や政権を問う構図はちょっと重すぎる。関心が高まらない原因はそこにもあるはずだ。1区の有権者の皆さんはそこまで重く考えず、自分なりに関心がある政策論点で選べばよい。とりあえず参加し、1票を託すことに意味がある。

 ■勝敗のその先

 岸田首相も泉代表も危機感は相当だ。仮に自民が負けた場合は岸田降ろしにつながるだろうし、秋の総裁選に確実に影響する。ただ、党内の「ポスト岸田」は不在で、次の自民党を担うキーマンが明瞭になっていくかが注目だ。

 仮に野党が勝利した場合も、本当に島根から政権交代につながるのかどうかは見えない。自民党が負ければ、解散総選挙はおそらく6月もしくは11月。仮に島根で勝利してもまだ野党個々の支持率は低い。連立の枠組みさえ見えていない。その枠組みを示さないままでは、実現する可能性は低い。

 「保守王国」と言われてきた島根はこれまで補選がなかった。首相を輩出し、安定した政治基盤の地域だった。それが今回、自民党の組織が高齢化、空洞化していることも浮かび上がった。どちらが勝っても変わり目となる今回の補選結果に注目している。