山陰独特の釣法で使われるタルカゴ浮きが、唯一の職人の引退で消滅の危機に陥ったが、松江市内の釣具店で作られることになった。浮きは遠投可能で潮流が緩い山陰の海に適する。今後も釣り人に安定供給されそうだ。
 
 タルカゴ浮きは木材を筒状にくりぬいたもので、中にまき餌のオキアミを詰める。魚がいそうな潮目に投入し着水すると、まき餌が放出されて、釣り針のオキアミとともに海中を落ちる。その後は浮きとして流れに乗って海面を漂う。

 深い場所にいるヒラマサやマダイ、グレ、イサキなどの魚を浮かせて釣る「上(うわ)カゴ」と呼ばれる釣法に欠かせない道具で、山陰両県の磯釣りファンに長年重宝されてきた。

 自社の寛作プロ(広島市)で製造・販売してきた中田寛さん(89)が、2023年末で廃業した。「体力的に続けられないことはないが万が一、迷惑をかけてはいけない」と理由を説明する。

 タルカゴ浮きは約50年前、中田さんが広島市内の別の釣り具メーカーに勤務していた際に試作し、浜田市内の波止で使ったところ、当時主流だった網カゴより遠投性能が高く、面白いほど青物が釣れたという。

 釣り人の間で話題となり「作っても間に合わない」(中田さん)というヒット商品に。販路は関西や四国、九州まで拡大したが、細い仕掛けを使うフカセ釣法のブームもあり最終的に西は下関、東は但馬(兵庫県)までの日本海沿岸に落ち着いた。

 中田さんは定年退職後、会社がタルカゴ浮きの製造をやめたことから、1990年代半ばに自ら寛作プロを設立し製造を続けてきた。近年はルアー(疑似餌)や円すい浮きを使う釣りといった釣法の多様化で、以前ほど売れなくなったというが根強いファンも多い。

 中田さんの引退に伴い、寛作プロのタルカゴ浮きを扱う釣具店「天狗堂」(松江市学園南2丁目)を経営する槙戸裕治さん(60)が、事態を憂慮。今年の年明けに中田さんのもとを訪れ、図面や道具を受け取り、製造方法を教わった。槙戸さんは現在、技術を持つ仲間と試作品製造に取り組む。製品化の後は自店だけでなく他の釣具店にも卸す予定という。槙戸さんは「せっかくある山陰独特の釣りをつぶすわけにはいかない」と使命感に燃える。

 釣り愛好家でつくるG1トーナメントクラブの小島一文代表(60)=松江市宍道町=も長年愛用。「干満の差が緩い山陰の潮の特性にマッチしている。山陰で生まれた釣り文化が続くのは大歓迎だ」と継承を喜んだ。