「時を超えて、海とつながり生きる」 愛媛県上島町のゆめしま海道(中) 島を歩く 日本を見る

産経ニュース6/20(金)8:00

「時を超えて、海とつながり生きる」 愛媛県上島町のゆめしま海道(中) 島を歩く 日本を見る

海に臨む高浜八幡神社。発掘調査で境内に製塩に使われたと考えられる「浜床」の跡が確認された

愛媛県上島町の弓削島は古くから製塩が盛んだ。平安時代後期から室町時代にかけて、弓削島荘という荘園が置かれ、大量の塩を領主に貢納。「塩の荘園」として知られた。特に、東寺(教王護国寺、京都市)領となった鎌倉時代やその前後の島の様子は、「東寺百合文書(ひゃくごうもんじょ)」に記録が残る。

国宝でユネスコ「世界の記憶」に登録されている「東寺百合文書」は、東寺に伝えられた中世を中心とした古文書群。弓削島の名は、その一つ、保延元(1135)年の「伊予守藤原忠隆請文(ふじわらのただたかうけぶみ)」に、初めてあらわれる。弓削島荘が、東寺領となったのはおよそ百年後の延応元(1239)年。領主だった後白河上皇の娘、宣陽門院覲子(せんようもんいんきんし)内親王が寄進したという。

製塩で栄えた歴史復興を

上島町教育委員会は、平成28年から5年がかりで「弓削島荘総合調査」を行った。同教委の学芸員、有馬啓介さんは、「それまで弓削島荘の塩作りの実態は不明な点が多かった。『東寺百合文書』に残る地名と現在の地名を照合しながら調査を進めると、上弓削地区の高浜八幡神社と久司浦地区の大田林(おおたなばし)で、製塩のために整地された『浜床』の跡が確認された。文書を裏付ける証拠となった」と話す。

中世の荘園の具体的な様子を示す稀有(けう)な例として、令和3年、弓削島荘遺跡が国の史跡に指定された。構成資産は、大田林の塩浜、東泉寺、高浜八幡神社、願成寺、弓削神社、定光寺、同島の北東に位置する百貫島(ひゃっかんじま)とその周辺海域。

かつて製塩で栄えた島の歴史復興を目指そうと、平成22年、NPO法人「弓削の荘」が設立され、島周辺の海水を炊き詰めた自然塩「弓削塩」の生産が始まった。代表理事の村上知貴さんは、「島が誇る『塩の荘園』の歴史を今に伝えなければと思った。作った塩は、東寺に献上している」と話す。

「ヨットの聖地」とも

近年は「ヨットの聖地」とも呼ばれ、ヨット愛好家が訪れる。平成29年にオープンした「ゆげ海の駅舎ふらっと」は、ヨットやボートの係留ができ、観光客や地元の人たちの交流の場として賑(にぎ)わいを見せている。

ほかにもニュージーランドから移住した船大工の斎藤サムさんが、「瀬戸内海はヨット遊びに最適。ヨット文化を広めたい」と、自身が造ったヨットで観光客らに「島旅ヨット」体験を提供している。

製塩、海運、海遊び。古(いにしえ)より海と深くつながってきた島は、時代ごとに形を変えながら、しなやかに歴史を紡いでいる。

アクセス

因島の土生港(広島県尾道市)や今治港(愛媛県今治市)から船が運航。

小林希

こばやし・のぞみ 昭和57年生まれ、東京都出身。元編集者。出版社を退社し、世界放浪の旅へ。帰国後に『恋する旅女、世界をゆく―29歳、会社を辞めて旅に出た』(幻冬舎文庫)で作家に転身。主に旅、島、猫をテーマにしている。これまで世界60カ国、日本の離島は150島を巡った。

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