間もなく出発「震災語り部列車」 第二列車⑤ サンケイ3号君、後の祭りをスルー!の巻 令和阿房列車で行こう2025 西へ東へ
産経ニュース6/16(月)10:00

370年の歴史を誇る田鶴浜建具の組子細工も飾られている(サンケイ3号君撮影)
脇から七尾駅行きの北鉄能登バスに乗り込んだのは、加越能バスから乗り継いできたオジサン1人とわれわれのたった3人だった。
《貸切状態の七尾駅行きバス》
乗ってすぐ、右手に小さな小さな島が見えてきた。サンケイ3号君が、即座に「仏島というんですよ」と教えてくれた。
かつては仏島が、能登と越中の国境だったそうで、いよいよ能登の国に入った。
バスは富山湾に沿って国道160号線をのどかに走る。停留所に止まることもなく、オジサン3人組の貸し切り状態は、終点まで変わることはなかった、と思う。「と思う」と、曖昧な書き方にしたのは、ついウトウトしてしまい、途中で1人乗って駅の手前で降りたような気がするのだが、判然としない。3号君に確かめても「僕も寝ていたんで」としれっとしている。われわれはバス旅には向いていないようだ。
ローカルバスもローカル鉄道同様、なかなか厳しい。某テレビ局の人気番組に「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」があるが、年々設定が難しくなっているらしい。乗客減と運転手不足による路線廃止や便数削減が全国的に止まらないからだ。
《後の祭りをスルーされる》
心地よい居眠りから覚めると、もう七尾の市街地だ。
右手に見えた神社の境内では、大勢の人が集まり、何かを解体しようとしていた。眠りから覚めた3号君は、「あれは、『でか山』じゃないですかねぇ」と能登通ぶりを発揮した。
後で調べると、昨日まで「青柏祭(せいはくさい)」というユネスコ無形文化遺産にも登録されている大地主(おおとこぬし)神社の春祭りが行われ、七尾の街は大いににぎわったという。「でか山」は、祭りのシンボルというべき曳山(ひきやま)で、高さ12メートル、重さ20トン、車輪直径2メートルという日本一の大きさ(石川県観光公式サイトによる)を誇る。昨年は能登半島地震のため中止されただけに、七尾の人々の喜びも一入(ひとしお)だったろう。
後の祭り、とはこういうことだね、と3号君に同意を求めたが、何の反応もなかった。
14時38分、定刻通り、バスは七尾駅前に滑り込んだ。
15時24分、七尾発穴水行きの「震災語り部観光列車」の出発までまだ時間がある。
七尾は、昨年2月4日に訪ねた曽遊の地である。北陸新幹線金沢―敦賀間の試運転電車に乗った帰り、復旧していた七尾線に乗り込んで終点まで出かけたのだ。だが、電気はついていたものの、水道は復旧しておらず、ほとんどの旅館や飲食店は休業に追い込まれ、水洗トイレも使えなかった。這(ほ)う這(ほ)うの体で金沢に撤退したが、そのとき七尾―穴水を結ぶ「のと鉄道」は、震災によって大きな打撃を受け、不通のままだった。
そのときは、知る由もなかった震災当日の列車内の様子や復旧へ向けた苦闘を「震災語り部観光列車」で知ることになる。
そのあれこれは、明日のこころだぁ!(コラムニスト 乾正人)











