産経新聞の「正論」執筆メンバーで政治評論家の屋山太郎氏が9日午後10時40分、肺気腫のため横浜市内の自宅で死去した。91歳。葬儀・告別式は近親者のみで済ませた。

昭和7年、福岡県生まれ。東北大学文学部卒業。34年、時事通信社に入社。政治部記者、ローマ特派員、首相官邸キャップ、ジュネーブ特派員、編集委員兼解説委員などを歴任し、62年に退社。その後は政治評論家として日本の保守論壇を代表する論客の一人として活躍した。歯に衣(きぬ)着せぬ論陣を展開し、「喧嘩(けんか)太郎」の異名でも知られた。

56年には第2次臨時行政調査会(土光臨調)に最年少の委員として参画。国鉄の分割・民営化を進めた。

このほか、行政改革推進審議会専門委員、選挙制度審議会委員、臨時教育審議会専門委員も務め、行財政改革を推進。選挙制度改革では政治腐敗を排するため衆院選での小選挙区制度導入を訴えた。平成19年には、年金記録問題の原因や組織上の問題点をあぶりだす「年金記録問題検証委員会」委員も務めた。

13年に第17回正論大賞を受賞した。シンクタンク「日本戦略研究フォーラム」会長。「自民党『橋本派』の大罪」(扶桑社)、「国鉄に何を学ぶか 巨大組織腐敗の法則」(文芸春秋)、「安倍外交で日本は強くなる」(海竜社)など著書多数。