イランのライシ大統領がヘリコプター墜落事故で死亡し、後継者を決める大統領選が6月28日に行われることになった。中東で紛争が続く中、地域大国イランはどこへ向かうのか。国際政治学者の高橋和夫氏に聞いた。

元日本大使の動向にも注目

――イランの現況をどうみる

ライシ師は国民の人気が低かったため、国内に大きな動揺はないようだ。いまのところ体制に大きな影響はない。

大統領代行に就任したモフベル第1副大統領は政治的には無名で、政権の根回し役だった。財団理事などを歴任しており、(最高指導者の)ハメネイ師の金庫番としての信頼は厚いのだろうが、大統領選の有力候補とは思えない。

――大統領選の行方は

今回は事故による想定外の選挙となった。安定重視で(米欧との妥協を嫌う)保守強硬派の路線を維持するとすれば、ガリバフ国会議長やラリジャニ前議長が有力候補だろう。革命防衛隊から候補者が出るかもしれないが、国民に名前が知られた人物はいない。

――変化の兆しは

ライシ師が当選した2021年の前回大統領選では(選挙監督機関の事前審査で)改革派だけでなく、有力な対立候補は軒並み排除された。国民には選挙制度への失望が広がっている。今年3月の国会選挙はかつてないほど投票率が低迷し、(第2回投票で)首都テヘランの投票率は8%だったという。ハメネイ体制は譲歩しながら生き残ってきたから今回、空気を少し変えようとするかもしれない。1990年代に日本大使を務めたモッタキ元外相は保守派だが、外交経験に富む。大統領選に意欲を示したことがあり、注目している。

対ロシア武器支援は継続か

――ライシ師の業績は

ウクライナを侵略するロシアにドローン(無人機)を輸出し、プーチン露大統領に恩を売った。隣国アゼルバイジャンと悪化していた関係を改善した。この外交方針は受け継がれるだろう。ライシ師は反体制派を大量に処刑し、ハメネイ師に忠実だった。当初は「ハメネイ師の後継者か」と目されたが、特段の動きはなかった。

――中東情勢はどうなる

イランにとって現在の情勢は悪くない。パレスチナ自治区ガザ紛争で、イスラエルと米国は国際的批判にさらされている。イランが支援するイスラム原理主義組織ハマス、レバノンの民兵組織ヒズボラも健在だ。米国でトランプ政権が復活すれば強硬路線をとるだろうが、これまでの姿勢からイラン攻撃に出ることはないとみられる。

一方でハメネイ師は85歳で重病を患ったのに、後継者が決まっていない。今回、事故を起こした古いヘリコプターのように、イラン体制は不安を抱えながら飛んでいるように見える。(聞き手 三井美奈)

〈たかはし・かずお〉 大阪外国語大学外国語学部ペルシア語科卒。クウェート大学客員研究員などを経て、現在、放送大学名誉教授