福岡県みやま市瀬高町の女山(ぞやま)史跡森林公園の遊歩道に「神宿る竹林」と呼ばれるパワースポットがあるという。頭上を覆う笹(ささ)の葉の隙間から陽光が差し、神秘的な雰囲気を醸し出す。新緑が美しい季節、太陽と大地からのエネルギーをもらいに、登山靴を履いて訪ねてみた。

神秘を感じる空間

 その竹林は「九州オルレ みやま・清水山コース」の北端に位置している。韓国発祥のオルレは「家へ通じる狭い路地」という意味があり、未舗装の古道なども含むルートを、自然や人々の暮らしを感じながらたどるトレッキングだ。

 九州自動車道・みやま柳川インターチェンジを降り、コースの出発点・八楽会教団に車を置いて竹林を目指す。市によると、竹林のある標高約200メートルの女山は、かつて女王山と呼ばれていたという。展望台付近に女山神籠石(こうごいし)という史跡もあり、邪馬台国の女王・卑弥呼の居城であったと考える研究者もいるそうだ。出発点の八楽会教団は卑弥呼をまつる宗教法人だ。

 坂道を登っていくと、左手に地蔵がある竹林コースの入り口に着いた。整備された階段をしばらく上り、木漏れ日が山道を照らす空間で一休みする。春の風が竹林を吹き抜けた。うっすらと汗をかいた肌に心地よい。

 頭の上では、笹の葉がカサカサと風の音を奏でている。風が少し強く吹くと、密集した竹がカタカタとぶつかる音が響いた。ヒバリやカッコウなど野鳥のさえずりが遠くに聞こえる。

 卑弥呼の話を事前に聞いていたからだろうか――、この場所はこれまでに訪れた竹林とは様子が違う。どこか神秘的な”奥行き”のようなものが感じられた。

五感を研ぎ澄ませ

 さらに山道を登ると、女山史跡森林公園の展望台にたどり着く。古代のやぐらをイメージした木製で、西側に開けた180度のパノラマの風景が楽しめる。目をこらすと田畑地帯を一直線に貫く高架の上を、九州新幹線が疾走する姿が見えた。

 線路の周辺に広がる筑後平野の奥に、脊振山系の山々がかすんで見える。西日に照らされて白く輝く有明海の先に、山頂は雲に覆われていたが、長崎県の雲仙岳の麓がうっすらと見えた。夕日が沈む有明海は絶景で、写真撮影に訪れる人も多いそうだ。

 いったん山を下り、南側の清水寺を目指すコースへ。清水山ぼたん園では、咲き始めた藤の花の前で、赤やピンク、白、黄色の大輪のボタンが見頃を迎えていた。

 坂を登ると、秋の紅葉と新緑の名所としても知られている清水寺本坊庭園がある。室町時代の終わり頃、画僧・雪舟が築いたともいわれている。

 奥にある愛宕山を借景として取り入れ、自然と調和した国指定名勝の庭園だ。清水寺住職の鍋島隆啓さん(72)が、台湾からの観光客らに通訳を介して話していた。

 「耳を澄ましてください――。鳥のさえずり、風の音が聞こえるでしょう。目、耳、鼻、それぞれのアンテナを立てて、庭が語りかけてくるものを全身で感じ、庭との一体感を味わってください」。畳に腰を下ろして話に聞き入っていた観光客から、静かな感嘆の声がもれた。

"非日常"の山歩き

 仁王門を通り、本堂へ向かう長い石段の先に、重厚な造りの楼門が現れる。当時の建築技術の粋を集め、1745年に建立された。石段を上る参拝者の後ろ姿を、楼門が額縁のように囲んでいた。

 長い石段の脇に、アヤメに似たシャガの花が咲き、訪れた人の清涼剤になっている。登り切った先には、天台宗の開祖・最澄が開いたとされる清水寺の本堂がある。

 さらに坂を登ると三重塔がそびえている。江戸時代末期、大阪の五重塔を手本に建造が進められたが棟梁が急死し、三重塔に設計を変更して、14年の歳月をかけ1836年に完成した。深い緑の木々に囲まれた朱塗りの塔は、九州を代表する古代建築の一つとして知られる。

 地域の埋もれた宝を掘り起こす取り組みでもあるオルレ。新緑の中で森林浴を楽しみつつ、神秘的な竹林や歴史ある清水寺などをマイペースで巡り、”非日常”を体感できた。初夏を思わせる陽気にも恵まれ、心地よい疲れに満足しながら山を下りた。