9月18日という日付は、1931年のこの日に満州事変のきっかけとなる柳条湖事件が発生したことから、中国国内において「国恥の日」とされており、毎年反日的な感情が盛り上がる日の一つである。中国のポータルサイト・百度に18日、「近代中国の4大国恥は、すべて日本が関わっている」とする記事が掲載された。
 
 記事は、1840年のアヘン戦争から1949年の中華人民共和国建国に至るまでのおよそ100年間は、欧米列強や日本に蹂躙された屈辱の歴史であると紹介。その中で、特に4つの出来事が歴代の中国政府によって「国恥の日」と認定されてきたと伝えた。
 
 そして、4つの「国恥の日」について、柳条湖事件の「9・18」、1937年に日中開戦のきっかけとなった盧溝橋事件の「7・7」、同じく37年の淞滬会戦で南京が陥落した日である「12・13」、そして、1915年の「5・9」を挙げ、特に「5・9」については知っている人が他の3つに比べると少ないとした上で、1915年に日本政府が中国に突きつけた「対華21カ条要求」の最終承諾期限の日付であると説明した。
 
 また、「5・9」は中国政府が初めて公式に認定した「国恥の日」であると紹介。「21カ条要求」は軍事、政治、経済、領土など様々な面における「明らかな売国条約」であるとし、山東省のドイツ権益獲得や旅順、大連の租借、南満州地域における各種権益の獲得など「中国を飲み込もうという日本の野心が露呈した条約」ということで、袁世凱政権による承諾前後に中国全土で大きな反対運動が起こったとした。
 
 その上で、承諾後には同要求の最後通告が出された5月7日、または承諾期限の5月9日を記念日化する民間団体が続出、社会世論からの圧力を受けるとともに、日本に圧力をかける狙いから、袁世凱政権も5月9日を「中華民国の国恥の日」とすることを発表したと伝えている。
 
 記事によれば、その後柳条湖事件の発生により9月18日が「国恥の日」とされるようになり、さらに1940年には国民政府が盧溝橋事件の7月7日を「国恥の日」と定め、5月9日の「国恥の日」は廃止されたという。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)