NHK大河ドラマ『真田丸』をきっかけに、人気の観光地となった長野県上田市。真田昌幸が築いた「上田城」には、徳川家の大軍を2度も退けたエピソードがあります。現存する櫓が建つ本丸跡は城跡公園として整備され、2016年1月中旬〜2017年1月中旬まで開館していた大河ドラマ館には100万人以上が訪れました! いまだ熱が冷めない、上田城の見どころをご紹介します。

まずは「上田城跡公園」となっている本丸を散策しよう
天正11年(1583)に真田信繁(幸村)の父・真田昌幸によって築かれた上田城は、千曲川の分流、尼ヶ淵(あまがふち)に面した堅固な立地にあります! 

上田城といえば、徳川軍を2回も跳ね返した不敗のエピソードが有名です。天正13年(1585)に真田軍2千と徳川軍7千が戦った第一次上田合戦では、圧倒的な兵力差に屈することなく、昌幸の子・真田信之が率いる別働隊が側背から徳川軍を急襲! 城内に敵兵を取り込み上田城周辺を舞台に戦う大胆な作戦で勝利しました。

また、慶長5年(1600)の第二次上田合戦では、石田三成率いる西軍についた昌幸と子・信繁(幸村)が2千とも3千ともいわれる少数勢で、徳川家康の子・秀忠が率いる3万8千の大軍を迎え撃ち、関ヶ原の戦いに遅参するという秀忠の失態を生みました。