【豆知識】城の敷地が広大な理由

【豆知識】城の敷地が広大な理由

軍事拠点・政庁…城には広い土地が必要!
観光地や公園化されている城って、ものすごく広いですよね。「○○城跡」として整備されている所だけでも相当な広さですが、実際はその外側の範囲までも城の敷地だったことがほとんどなのです。

今回は、城の敷地がなぜあんなに広大だったか、そしてそこに何が建っていたのか、というお話です。

戦国時代、城は居住が目的ではなく、あくまでも国と城主を守るための軍事施設でした。鉄砲など火器の性能はまだまだ低かったので、戦力は、やはり人。

多くの兵を駐屯させるためには、広い敷地が必要だったのです。天然の要害を利用した山城の場合、地形との兼ね合いで敷地を拡げるにも限度があります。そのため、本城と支城の間を繋ぐ「繋ぎの城」が、駐屯地としての役割も担っていました。

戦がなくなった江戸時代の城はどうでしょう。兵を駐屯させる必要がないから、もうスペースは必要ないかと思いきや、実はそうではありません。

元和元年(1615)の一国一城令で、一つの藩(国)に城は一城のみと定められました。そのため、一つの城にその藩の重要機関が集約されます。つまり、軍事機能を持たせるのはもちろん、地方自治の拠点となる藩庁や、藩主であるお殿様の住居も兼ねることになったのです。

そうなると城内に、家臣に権威を示す儀式用の空間や、客人をもてなすための外交用の施設だってほしい…。軍事・政治・家臣の統率・外交・住居といった役割を一つの城に集約させるため、より広大な敷地が必要になっていったのです。

藩の政庁となる城があった場所は、現在でも都市の中心地となっています。本丸跡に県庁、二の丸跡に市役所が建っている前橋城(群馬県)や福井城(福井県)は、分かりやすい例ですね。


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