【豆知識】城の敷地が広大な理由

【豆知識】城の敷地が広大な理由

藩の中心地だった「御殿」
江戸時代の城で最も重要だったのは、天守…ではなく、「御殿」でした。御殿は、建てられた場所によって本丸御殿・二の丸御殿などと呼ばれ、軍事以外の城の重要な役割を担ったのです。

軍事施設とは一線を画す御殿は、幕府が大名を取り締まるために定めた『武家諸法度』の規制の対象外。新築・増改築などが自由だったので、どんどん拡張が進み、付帯施設とともに広大な曲輪をほぼ埋め尽くしていたのです。

さてこの御殿の構造は、「表」と「奥」、そして「裏方」に分かれていました。

「表御殿」は、お役所の役割。城主と家臣の対面、正月などの行事・儀式、使者や客人のもてなしなどが行われていました。「広間」と「書院」のたくさんの部屋を相手の身分によって使い分けて対面施設として使っていました。おもてなし用の能舞台や茶室が備えられていたことも多かったようです。

対する「奥向」は、城主とその家族のプライベート空間。「奥御殿」がその中心の建物です。居間や寝所、夫人や女官たちの部屋、湯殿や便所などももちろんあって、表御殿とは異なるくつろぎ用の庭や茶室もありました。

「裏方」は、家中の者の仕事部屋、料理や雑務のための施設です。近ごろの御殿復元ブームの先駆けである、彦根城(滋賀県)の表御殿を復元した彦根城博物館では、江戸時代の現存能舞台もみることができます。

江戸城(東京都)の本丸御殿跡は、現在の皇居東御苑の広大な芝生広場あたり。大阪城(大阪府)天守前の広場も本丸御殿の跡ですし、御殿群の復元計画が持ち上がっている姫路城(兵庫県)天守南側の三の丸広場も……公園化されているやたらと広い空間は、御殿とその付帯施設の跡であることが多いのです。

現存御殿があるのは、川越城(埼玉県)・掛川城(静岡県)・二条城(京都)・高知城(高知県)の4城のみ。そう、天守よりも貴重な遺構です。そして近年、名古屋城(愛知県)、佐賀城(佐賀県)、熊本城(熊本県)など御殿の復元事業が相次いでいます。

城の広大な敷地を埋め尽くした御殿が、今間違いなくアツい!皆さんもぜひ、御殿に注目して下さい。

お城情報WEBメディア「城びと」


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