冬には大雪に悩まされるにも関わらず、足利将軍家が頼った名家が越前国(福井県)にありました。約450年前の城下町跡が残る一乗谷朝倉氏遺跡(いちじょうだにあさくらしいせき)。

織田信長と争った朝倉義景(あさくらよしかげ)の館跡や、一乗谷城の麓に広がる城下町は今も往時の栄華を伝えてくれます。日本屈指の庭園跡など、一乗谷朝倉氏遺跡でしか見学できない貴重な遺構をご紹介します。

巨石の入口をくぐれば約450年前にタイムスリップ

一乗谷城(福井県福井市)は、一乗谷朝倉氏遺跡にそびえる山城跡です。一乗谷朝倉氏遺跡の入口は、北端の谷幅が最も狭くなったところに造られた「下城戸(しもきど)」。

外側から城下町が見えないようにクランク状の「枡形造り」の構造が特徴です。重さ45トン以上もの巨大石を用いたうえに、長さ50m、高さ5mもの厳重な構えをしていたと推定されています。下城戸から約1.7km先にはもう一つの入口、上城戸が設けられており、下城戸と上城戸で囲まれた範囲に城下町が存在していたのです。

下城戸から一乗谷朝倉氏遺跡内部に入ると広場のような空間になっており、その広場の南側に町屋地区が形成されています。瓢町(ふくべまち)地区には、共用とみられる井戸があり、商人などの町屋が並んでいたことがうかがえます。