江戸幕府最後の将軍となった徳川慶喜。NHK大河ドラマ『青天を衝け』では、草なぎ剛さんが深みのある演技で慶喜役を演じています。慶喜は幕末の動乱にあたり、二条城・大坂城・江戸城において変転する時代と対峙しました。第3回は江戸無血開城までの流れと、慶喜の知られざる後半生を紹介します。

災難まみれだった幕末の江戸城
歴史上、権力者が一夜にしてその座から転げ落ちるというのは珍しくありません。近代以前では、乙巳の変で殺された蘇我入鹿や本能寺の変で業火に焼かれた織田信長のように、乱や暗殺によって地位を失うというのが多いケースです。

それに対して、徳川慶喜の転落の仕方はとてもまれな例といえるでしょう。彼が権力の座を失う決定打になったのは、大政奉還でも鳥羽・伏見の戦いでの敗戦でもありません。それらは大いなる前フリではありましたが、最終的には大坂城(大阪府)から「敵前逃亡」をした一夜の出来事によって、運命が決してしまったのです。(鳥羽・伏見の戦いの経緯と敵前逃亡事件については前回【慶喜と大坂城】をご覧ください)

慶応4年(1868)1月6日、軍艦・開陽丸によって大坂を脱した慶喜一行は、途中、悪天候によって八丈島まで流されながら、ようやく11日に品川沖に到着。そして翌日早朝、江戸城(東京都)西の丸御殿へ入りました。15代将軍ではなく、敗軍の将としての帰還。京都で将軍職に着任した彼は、結局、将軍としては一度も江戸城に君臨することはありませんでした。