征夷大将軍就任から7年後、建久10年(1199)に源頼朝は亡くなります。子の源頼家が2代将軍となりますが、就任からわずか3か月ほどで、13人の有力御家人による合議制がとられるようになりました。しかし、その13人は激しく権力を争うようになります。今回はいよいよ、鎌倉殿の「13人」がどのような人物か、ご紹介します!

さらっと時代背景のおさらい
源頼朝の死後、2代将軍・源頼家は名目上の存在になり、頼朝に仕えた13人の有力御家人による合議制へと政治体制が移っていきます。合議制は「複数の構成員の合議によって決定される制度」を指し、日本の歴史上初めて合議制が採用されたのが鎌倉時代でした。

13人の有力御家人には頼朝の側近や、頼朝が京都から招いた公家、さらに頼朝の親戚にあたる北条氏など、様々な立場の人物が名を連ねています。

<コラム 合議制に至った背景>
13人の合議制に至った理由には、諸説あります。たとえば、頼家の専制を抑えるためという説や、若い将軍である頼家を有力御家人が補佐するためという説があります。北条氏が権力を握るために画策したという説もあり、実際に、北条時政・義時の発言力は強まっていきます。ドラマの中でどのように描かれるのか楽しみですね。