中学校の技術・家庭科、高校の家庭科を男女とも学ぶようになってから約30年。その結果、若い世代の価値観にはどのような変化が起きたのだろうか。時代を色濃く反映する家庭科の「今」とは。家庭科教育の専門家・堀内かおるさんに聞いた。

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家庭科を男女とも学ぶようになるも、
受験科目ではない影響が…


——1989年に学習指導要領が改訂され、1993年から中学校の技術・家庭科、1994年から高校の家庭科の授業が男女共通になりました。まず、政府や学校の授業内容はどのように変わったのでしょうか。

まずは文部省(当時)からのメッセージが変わりましたね。1992年に文部省から発表された高校家庭科の指導資料には「家庭科新時代に向けて」という副題がつけられています。

この中で「家庭科教育の課題」としてまず挙げられているのは、「家庭の在り方を考え、家庭生活は男女が協力して築いていくものであることを再確認させることである」ということです。これは、1947年の家庭科の学習指導要領で掲げられていた「民主的家庭建設」に改めて立ち返ったかのようです。

さらにこの資料では「新しい家庭科教育は、男女の別なく人間が人間らしく生きるための最も基本的な学習課題を担っていることが理解される。それは人間としての生き方の学習」だと、指摘しています。この考え方は、現在にも継承されている家庭科教育の本質を言い表しているといえるでしょう。まさに、女子のみ必修の高校家庭科からのパラダイムシフトだったわけです。

ただ、この資料には男子が学ぶ家庭科、というところをちょっと気負いすぎている感じもあって……。男子ばかりがミシンがけや調理実習を行っている写真が1ページ目から何枚も掲載されていました。少しわざとらしいですよね(笑)。

この時の家庭科は3科目あって、それまでは女子のみ必修だった「家庭一般」のほかに「生活技術」「生活一般」という科目です。これらのうちどれか1科目をすべての生徒が必修で学ぶことになったのですが、どの科目にするのかは学校が決定していました。

特に「生活技術」は、他の科目と共通の内容も含まれてはいたのですが、「家庭生活と情報」「家庭生活と電気・機械」の項目が設けられたほか、「衣食住の生活管理と技術」が取り上げられるなど、「技術」を学ぶ男子生徒を意識したような内容になっていました。それでも当時としては、とにかく「家庭科」が男女ともに必修となったことのインパクトは大きかったと思います。



——新しい内容の授業を受けて、生徒たちにはどのような変化がありましたか?

すべての生徒が生活に関する同じ内容を一緒に学ぶようになったことで、徐々に性別役割分業にこだわらない意識が浸透していったのではないかと思います。

その後の2008年(中学校)、2009年(高校)の学習指導要領では、少子高齢化や持続可能な社会の構築といった社会の変化を背景として、学習内容の見直しがなされました。高校の家庭科は、その前の1999年の学習指導要領の時から2単位の「家庭基礎」という科目ができて、進学校などを中心に、この科目の履修が増加してきました。

2単位とはどういうことかというと、高校3年間のうち1年間だけ学ぶ、ということですね。家庭生活全般、それも衣食住のみならず男女共同参画、子どもや高齢者に関する福祉、環境に配慮した生活など社会ともつながる内容も取り上げているのに、2単位ってとても少ないと思いませんか。家庭科にもっと多くの授業時間が欲しいです。


自立したときこそ、家庭科で学んだことが活きる


——家庭科は時代の影響を大きく受ける教科だと思います。今の小学校〜高校で教えているのは、どんな内容でしょうか。

今の授業内容を決めているのは小・中学校は2017年、高校は2018年に改訂された学習指導要領です。家庭科というと裁縫や調理というイメージを持っている人が多いかもしれませんが、消費者教育や持続可能な生活様式についての内容、そして家族のみならず地域の人々との共生というコンセプトがクローズアップされてきました。

まず小学校では以前からの内容に加えて、「消費者」や「売買契約」という概念についても学びます。プリペイドカードやインターネットでの取引も教科書に記載されています。キャッシュレス決済の時代になって、「見えないお金」とどう付き合うのかを、子どものころから考えさせるようになってきました。
中学校ではこの内容をさらに深掘りして、消費者の権利と責任、消費者被害とその対応についてなどを学びます。またクレジットカードによる三者間契約の仕組みについても学びます。

そして高校では「生涯の生活設計」が科目の導入及びまとめとして位置づけられ、生涯発達の視点からライフコースを展望し、衣食住などに関する他の科目とも連携しながら、自身の生活設計について考える学習が展開します。高校家庭科で資産運用について学ぶようになったことは、たびたび報じられたと思います。人生100年時代といわれる現在、生涯を見通して生活を創造するという観点から、生きていく上でのリスクマネジメントについて学びます。



——今の家庭科では、家庭の資金管理に活かせるようなことも学ぶのですね。「そんな内容は生徒には早いのでは?」という声もありそうですが…。

そのような声もありますが、世の中は現在進行形で変化しています。学校教育は「未来への投資」だと考えています。学校では子どもたちが今必要とすることだけでなく、大人になってから必要になることも教えているのです。

特に家庭科の知識が本当に活かされるのは、親元を離れて社会に出てからでしょう。だからこそ、10年後の社会を見据えた授業を行っています。


世代やジェンダーにとらわれず、世の中や「自分自身」を知ろう


——これまでのお話から、学校は「価値観を育む場」とも言えると思います。最近、中堅・ベテラン社員から「Z世代の価値観がわからない」という声が上がるようですが、Z世代が教えられてきた価値観はどのようなものでしょうか。

若手社員として働くZ世代の若者は1990年代中頃の生まれからで、特に2000年以降に生まれた人たちは小学校の後半くらいから2008年の学習指導要領に基づく授業を受けています。当時は「ゆとり教育」の揺り戻しを受けて授業時間が増加し、「持続可能な社会の構築」に関しても学ぶようになった頃です。

また、すでに中学校や高校で「情報」について学ぶようになり、「総合的な学習の時間」も設けられていたので、ICTや国際化、福祉・環境などの社会的な課題に目を向ける機会も多かったでしょう。

以上から考えると、Z世代にはICTを前提とした社会やグローバル化、サステナブルへの意識が他の世代よりも高いかもしれません。もちろん断言はできませんが、今の社会が向かっているSDGsのような方向性を受け入れやすいのかなと思います。こうした価値観を理解すれば、Z世代の価値観に近づけるかもしれないですね。

——価値観といえば「男女の役割に関する価値観」も常に議論を呼んでいます。性別にとらわれずに自分らしく生きるためには、どうしたらよいと思いますか?

性別に起因する悩みは多いと思いますが、自分の人生をどのように切り拓いていくのかを決めるのは自分自身です。男性・女性として想定される「人生の成功」を目指して、周囲の目を気にしながら敷かれたレールの上を走り続けるのは、もはや過去のステレオタイプな生き方だと思います。これからは一人ひとりが自分で考えて判断し、「自分らしさ」に基づいた意思決定ができる力をつけていきたいですね。



そのために必要なことは、今社会で起きていることを知り、自分とは異なる立場・考えを持つ人の話を聞いて、視野を広げていくことです。「多様性の時代」と言われますが「みんな違ってみんないい」で終わらせず、その違いから学び、気づき合う機会が大切です。それは学校教育や対話的な学びに期待されることでもあります。

自分の「当たり前」が絶対的なものではない、という気づきに根ざした柔軟な感性をもって、物事を相対化してみてはどうでしょうか。

そして、性別はひとつの属性に過ぎません。「ジェンダーとは、身体的差異に意味を付与する知である」と言ったのは、ジョーン・スコットという歴史学者です。「女だから」「男だから」という身体的差異を前提とせず、「あなた自身」がどういう人なのか、何が好きでどんなことが得意で……という「自分」をしっかり見つめるところから、自分なりの「価値」が創られていくと思います。


男性家庭科教師が増えたら、ジェンダーへの意識が変わる?


——堀内さんは大学で家庭科教師の育成に携わっています。今後の家庭科教師に期待することは何でしょうか。

家庭科教師はいまだに女性的イメージで見られがちな職業なので、「男性家庭科教師」が増加することが、この空気を変えるきっかけになると思っています。

家庭科を学ぶ男子生徒を当たり前とする雰囲気が社会に広まったとはいえ、家庭科教師が男性だと珍しく感じる風潮はまだ残っていますよね。この要因としては、男性の家庭科教師自体が少数で、生徒が男性の家庭科教師に出会いにくい点、家庭科の教員免許を取得できる大学に家政系学部のある女子大が多い点が挙げられます。

そもそも「男性家庭科教師」という言葉自体が「女医」「女流名人」「女性作家」といった表現の逆バージョンです。いつまで私たちの社会は性別にこだわるんだろうと思います。

だからこそ男性家庭科教師の存在は、ジェンダーにとらわれないロールモデルのひとつでしょう。彼らは新しい時代の家庭科の「広告塔」にされてきた歴史もありますが、もうその役割から降りてよい時代だと思います。

これまで私のゼミの修了生や授業を受けていた学生で家庭科教師になった男性は、10名を超えます。2022年度の私のゼミ生は、4年生全員が男子(2名)で、修士課程は1年女子、2年男子でした。

この修士課程を修了した男子学生は、県立高校の家庭科教師として、この4月から教壇に立っています。大人よりも生徒たちのほうが柔軟で、高校の現場感覚としては、「男性家庭科教師」ではなく一人の「家庭科教師」です。家庭科を男女共学で学んでこなかった周囲の大人たちのまなざしが、いつまでもジェンダー・バイアスを作り出しているのではないでしょうか。



——最後に、今まさに家庭を運営している読者に向けてメッセージをお願いします。

家庭科は、料理や裁縫などの家事処理技術の習得を目的とする教科ではなく、よりよい生活を自ら創るための「生活者の基礎教養」を学ぶ教科です。今回の記事で、男女共同参画に伴い推移してきた歴史や現在の家庭科について知ることで、この教科の意義を再発見していただけたら嬉しいです。

もし家庭科を軽視する風潮があるのなら、生きる基盤となる生活そのものよりも、経済発展に意義を見出す社会だからだと思います。女性の社会進出は鼓舞されますが、男性の家庭参画は、せいぜい「イクメン」の推奨止まりです。

もっと「よりよい生活」に自覚的な人が増え、学校教育を通して自分の人生を考える学びの意義を見出してほしいと思っています。このような学びを担う教科が、家庭科に他なりません。コロナ禍の在宅期間中は多くの人が家庭生活に目を向けるようになったと思いますが、よりよい生活は生きていく上での基盤なので、生き方のヒントをたくさん学べる家庭科に関心を持つ人が増えてほしいです。

家庭科教育に対する理解が広まれば、間接的に「男性家庭科教師」が増え、さまざまなジェンダー・バイアスが取り払われることにも繋がるのではないでしょうか。


※参考文献:
堀内かおる編『生活をデザインする家庭科教育』(世界思想社、2020年)
文部省『高等学校家庭指導資料 指導計画の作成と学習指導の工夫−家庭科新時代に向けて』(教育図書株式会社、1992年)


#1「男女共修化までの長い道のり…かつての「男女別の技術・家庭科」に見え隠れする政財界の思惑と性別役割分業に基づく日本社会」はこちらから