字幕翻訳の第一人者・戸田奈津子さんは、学生時代から熱心に劇場通いをしてきた生粋の映画好き。彼女が愛してきたスターや監督の見るべき1本を、長場雄さんの作品付きで紹介する。

進むべき道に迷っているあなたへ


『E.T.』(1982)公開のとき、テレビの密着取材でLAでお目にかかったのが、最初の出会いです。「子供みたい」と思ったのが私の第一印象。天真爛漫で優しくて、早口で話がおもしろくて……。映画以外のことに本当に興味がないという感じでした。

そのときにご自宅はもちろん、彼の製作会社「アンブリン・エンタテインメント」のオフィスにも伺いましたが、デスクの上には書類1枚なくて、ゲーム機なんかが置いてあるの(笑)。

スタッフは犬を連れて出勤したり、中庭でランチを食べたり……とても「会社」とは思えない、家庭的でアットホームな職場でした。女性のスタッフも多くて、彼の会社らしいなと感じました(スピルバーグは母と3人の妹に囲まれて育った)。

映画監督として成功していることは、もうみんな知っているでしょう。『フェイブルマンズ』(2022)は、彼がいかにして映画業界で未来を切り拓いていったのか、そこに至るまでの幼年期の話で、若い人たちにぜひ見てもらいたい作品です。

映画でもわかるように、スピルバーグは勉強なんてからっきしダメだった。学校ではいじめに遭い、両親は離婚したり……。それでもめげずに、映画を作るという夢に向かって初志貫徹で突き進んだから今がある。

そのことを、まったく説教くさくなく、ユーモアを交えながら描いています。それが実った彼の映画作りのうまさには脱帽です。

別に勉強ができなくたって、好きなことに没頭すればいつか道が拓ける。これは私が常々思っていることでもあります。進むべき道に迷っているあなた、絶対に貴重なヒントを得られる映画ですよ。


『フェイブルマンズ』(2022) The Fabelmans 上映時間:2時間31分/アメリカ

初めて映画館を訪れて以来、映画に夢中になったサミー・フェイブルマン少年。8ミリカメラを手に家族の休暇や旅行の記録係となり、妹や友人たちが出演する作品を製作する。そんなサミーを、芸術家の母(ミシェル・ウィリアムズ)は応援するが、科学者の父(ポール・ダノ)は不真面目な趣味だと考えていた。そんな中、一家は父の仕事の都合でカリフォルニアへと引っ越すことに。そこでのさまざま出来事が、サミーの未来を変えていく。


スティーヴン・スピルバーグ

1946年12月18日生まれ、アメリカ・オハイオ州シンシナティ出身。幼少期から映画を自主製作し、1969年にTVシリーズ『四次元への招待』で監督デビュー。プロデューサーとしても活躍している。映画『ジョーズ』(1975)『レイダース 失われたアーク<聖櫃> 』(1981)にはじまるインディ・ジョーンズ・シリーズ、『E.T.』(1982)『シンドラーのリスト』(1993)『プライベート・ライアン』(1998)『リンカーン』(2012)『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021)など話題作多数。『シンドラーのリスト』と『プライベート・ライアン』でアカデミー監督賞を受賞した。


語り/戸田奈津子 アートワーク/長場雄 文/松山梢