2023年3月、愛知県で10代半ばの少女2人が、SNSの動画の投稿がもとで書類送検された。この「名古屋ホームレスいじめ」をはじめ、今年に入り、「渋谷界隈わいせつ動画」「岐阜スシローペロペロ」など未成年のSNSでの事件が多発している。

バズりにとらわれて書類送検


書類送検された少女2人は、町にいたホームレスの女性に声をかけ、「おごる」と言ってコンビニエンスストアへ連れて行った。

その一部始終はすべて動画で撮影されていた。そしてホームレスの女性に商品を持たせてレジに並ばせると、おごるという約束を反故にして逃げ去った。ホームレスの女性はこう叫んでいた。

「ちょっと待って、ちょっと行かないで」

ホームレスの女性は商品を買うためのお金を持っていない。それをわかっていて、少女たちはだまして置き去りにしたのである。このホームレスの女性が、その後どれだけつらく、悲しい思いをしたことか。

しかし、少女2人はそれをわかっていて、困惑するホームレスの女性の姿を動画に撮影し、SNSに投稿したのである。警察の取り調べの中で、少女2人はこうした投稿をした理由として、次のように語っている。

「動画を投稿して自分のSNSをバズらせたかった」

SNSをバズらせることによって、自分のフォロワーを増やしたかったのだそうだ。


SNSの普及で「陰湿化」


ここ数年、若い人たちがSNS上でバズらせることを目的として行う迷惑行為が頻繁に報じられている。
2023年に入ってからも、回転寿司チェーンなどで起こる「客テロ」と呼ばれるような迷惑行為が大きな話題になった。少し前には、バイトの従業員がバイト先で行う「バイトテロ」も頻発した。

こうした報道が行われると、年配の人たちはよく「若者の倫理観はどうなっているのか」「自己承認欲求を煽るSNSの罪」のようなことを言う。だが、かつても暴走族のような壊れた倫理観やゆがんだ自己承認欲求はあったはずだ。それがSNSに形を変えただけという見方もできる。

では、10代の若者たちと向き合っている学校の教員は、こうした現象をどのように見ているのだろうか。定時制高校の50代の教員は次のように話す。

「学校の中でも、ある生徒が別の生徒をからかう動画や、教員を貶める動画を撮ることがあります。昔のような露骨ないじめや校内暴力が少なくなった代わりに、そういう形に移行したのかもしれません。人を貶めるところを動画によって共有し、一部の人たちと共に笑うのです」



私も拙著『ルポ 誰が国語力を殺すのか』で、ネットいじめの問題を追及した。

たしかに十年くらい前までは、子供たちの間にはそれなりの露骨ないじめもあった。だが、今はそんなことをする人はほとんどいない。その代わり、LINEのグループ内で悪口を言う、体育の着替えの時間に特定の生徒の服を隠して下着姿で困惑する姿を動画で撮影する、特定の生徒の背中に気づかれないように唾を吐きつける動画を撮影するといったことが、いじめとして行われているのだ。

加害者はそれをSNSで拡散することで、「いいね」をたくさんもらい、フォロワーを増やす。そして、動画を閲覧した人たちとともに被害者を嘲笑することによって自分が一段上に立ったような優越感に浸るのだ。

こうしてみると、彼らの行為は、ある生徒に暴力を振るって力を誇示するためのいじめと何ら変わらない。さらにいえば、こうした動画は被害者に気づかれにくいので、処分対象になりにくい。


今の社会は子供たちの承認欲求を満たしにくい


定時制高校の50代の教員が言う。

「大多数の一般的な生徒は、そんなことはしません。きちんとスマホやSNSを使いこなしています。一方、昔の非行と同じで、そうしたことをする生徒は、いろんな問題を抱えている子が多いのです。家で虐待を受けている、中学時代にいじめられていた、メンタルヘルス面での問題がある、生活が困窮している、などです。

そうしたことが原因で、自尊心がかなり低い生徒たちがいます。だから、ああいう動画を撮って人を馬鹿にして、自分の優位性を高めようとするのでしょう。間違った自己顕示欲の発散法なのですが、生徒にしてみれば、それをしなければ心が満たされないんだと思います。それをやることがストレスを解消する方法になってしまっているんです」

日常に困難を抱えている子供たちが、誤った手段によってストレスを解消し、心を満たそうとすることは昔からあったことだ。



ただ、昔のような露骨ないじめや暴走行為をするには、それなりの労力が必要だったし、捕まった時のリスクも大きかった。その点、スマホを使った動画撮影は、ハードルが格段に低い。また、拡散されて話題になった時の満足度や中毒性も高い。ゆえに、それらがより軽い気持ちで行われているのかもしれない。

教員は言う。

「最近心配しているのは、そうは言ってもごく普通に見える生徒たちも、こうした行為に加担する傾向があることです。実際に客テロやバイトテロの子だってごく普通の大学生だったりしますよね。
背景にあるのは、今の社会が子供たちにとって承認欲求を満たしにくいものになっているからではないでしょうか。良いか悪いかは別にしても、昔は部活動だとか、学園祭だとか、いろんなところに子供たちの承認欲求を満たしてくれる場がありました。
しかし、最近はそれが減っている。そこらへんが一つの問題の気もします」

承認欲求を持つのは、人として当然のことだ。これまで子供たちはいろんな形でそれを満たしてきた。


SNSの運営会社は問題解決に取り組まない


勉強の得意な子は良い成績を取り、サッカーの得意な子は部活動で活躍し、音楽が得意な子はバンド活動をし、物作りが得意な子は学芸会で発表するなど、それぞれの形で承認欲求を満たしてきた。バイトやオシャレでそれをしてきた子たちもいるだろう。

しかし、最近は「ブラック部活」「文化祭不要論」「生徒同士を競争させてはダメ」「学校へ行かなくていい」「管理教育」といった風潮の中で、だんだんとそうした活動自体が狭められる傾向があるという。

さらに新型コロナウイルスの感染拡大によって、生徒たちの勉強以外の活動が大幅に減ることになった。そうしたことが、承認欲求の満たされない子供の増加を促進しているのではないかというのだ。

そこにSNSという手軽で中毒性の高いツールが入ってくれば、暴走してしまう若者が出てくるのも仕方のないことなのかもしれない。先の教員は言う。

「学校内の非行であれば、私たち教員が介入できます。しかし、学校の外でのSNS使用となると手に負えません。よほど大きな話題にならなければ、警察が動くこともないでしょう。子供たちの暴走を止めにくい状況になっているのです」

これも拙著で深く掘り下げたが、SNSの運営会社がこの問題解決に積極的に乗り出すことはありえない。そもそも彼らのビジネスそのものが人々の承認欲求を刺激することによって成り立っているからだ。

大半の人たちがSNSをうまく使っているのは事実として、問題はそうできない一部の困難な人たちが間違った方向へ進んでしまっている現状だ。学校の教員たちが、当事者に注意をするだけでは、なかなか負の連鎖を止めることはできない。

最後に教員はこう語った。

「教員として目指すのは、なるべく学校の中に生徒の承認欲求を満たす機会を作ってあげることです。授業や行事などのやりがいだとかいったものです。でも、教員個人がいくらがんばっても、SNSが生み出す満足度には到底かなわない。そこがすごく悔しいところです」

こうした思いは、本気で子供と向き合っている教員であればあるほど、強く抱いているだろう。コロナ禍以降の新しい社会を構築しようと考える時、これは私たちにとって目を向けなければならない問題の一つといえるだろう。

取材・文/石井光太