TV番組「アメトーーク!」の読書芸人(2023年4月20日放送回)でAマッソの加納がリコメンドし、重版出来となった1冊がある。チャンス大城がその半生を綴った『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)だ。番組内でも笑いを誘ったNSC時代の彼女(クワバタオハラのくわばたりえ)とのエピソードを一部抜粋・再編集して紹介する。

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〔 〕内は集英社オンラインの補注です


くわばたりえちゃん


僕とワダ〔チャンス大城がNSC十三期に入学した際、コンビを組んでいた高校時代からの友人〕は「ビッグママ」というコンビを組んでいました。

僕らのネタは、まったく、ぜんぜん、壊滅的にウケませんでした。結局僕らは、わずか二年で漫才をあきらめることになりました。

本当のことを言うと、僕が漫才をあきらめることになった大きな理由が、もうひとつありました。たぶん、もう時効だと思うので書きますが、僕は同じNSC十三期生のくわばたりえちゃんと交際していたのです。

僕たち十三期生はとても仲がよくて、あちらこちらへ一緒に遊びに行ったりしていたのですが、りえちゃんはものすごく優しい、ふっくらとした喋り方をする人でした。

ある日、例によってみんなで遊んでいると、何かの拍子で、僕の肘がたまたまりえちゃんの体に触れてしまったことがありました。

その瞬間、感じたのです。大阪の女性の懐の深さというか、僕より一歳年下だけど強い母性本能を持ったお姉さんというか、堂々と体を張って生きている人の優しさとあったかさというか……。とにかくもう、感電したみたいに、僕はりえちゃんが大好きになってしまったのでした。

それから何度か、ふたりでデートをしました。

公園を一緒に歩いているとき、あまりにも好き過ぎてタックルをしてしまったこともありました。りえちゃんは、普通に倒れていました。



天王寺動物園には、クレヨンと画用紙を持って一緒に絵を描きに行きました。当時の僕は、同期生の中では「変わったやつ」という位置づけだったので、ちょっと天才ぶっていたのです。

だからりえちゃんに、なんとかして天才っぽいところを見せたいと思って、一緒に象の絵を描きながら、象をピンク色に塗ったのでした。むちゃくちゃをやれば、ピカソみたいな天才に見えると思っていたんです。

象をピンクに塗ったら、「フラミンゴやないねんから!」って、りえちゃんが突っ込んでくれると思っていたのです。

ところがりえちゃんは、「それはそれで、ありやなー」と優しい声で言うのです。

きっと、わざと天才ぶってる僕を傷つけないように、たしなめてくれたんだと思います。りえちゃんは、世間では毒舌女みたいなイメージになっていますが、素顔はとても優しい、大阪の女性らしい人なんです。

あまりにも好き過ぎて、りえちゃんの手に触れることさえできなかった僕ですが、付き合い出してからしばらくたつと、そろそろ何かせないかんなーという焦りを感じるようになりました。


キスより先に進むため


そんなある日、僕以外の家族全員が、沖縄旅行に行くことになったのです。僕はNSC在学中でしたから、旅行なんか行ってるヒマはありません。

思い切って、りえちゃんを誘いました。「よかったら、俺の家、泊まりにこない?」答えは、OKでした。

僕は、自分が奇跡的にかっこよく写っている昔の写真とか、エレキギターとか、かこよさそうなものを目につく場所に展示し、お酒が弱いくせにジントニックを作るためのジンと炭酸水を大量に用意して、りえちゃんを迎える準備を整えました。要するに、痛い二十歳だったのです。



りえちゃんが、本当に家に来てくれました。(なんとかして、キスはせなあかん)

僕の頭は、このことで一杯です。でも、りえちゃんを目の前にして、いったいどうすればいいのかわかりません。

すると、ある名案がひらめいたのです。当時、豊川悦司さんと武田真治さん主演の『NIGHT HEAD』というドラマがヒットしていました。人の体に手を触れると、その人の心が読めてしまうという超能力者のストーリーです。

「俺、超能力者やねん。俺、りえちゃんの体さわったら、りえちゃんの心の中、見えんねん」

「えっ、本当。じゃあ、私の肩さわって。何か見えた?」

「心の中、見えたわ」

「なんて?」

「りえちゃん、俺とキスしたかったかってんな」

その後、僕は飲めない酒をかっと飲みました。なんとかしてキスより先に進まなくてはなりません。でも、無理して飲んだせいで気持ち悪くなってしまいました。しかし、酒に弱いと思われたくはありません。ここが踏ん張りどころです。

「俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」

僕は平静を装って、なんとかトイレにたどり着きました。そして、そのままトイレの中で倒れて、眠ってしまったのです。

結局、りえちゃんとは結ばれませんでした。翌朝、目を覚ますと、テーブルの上に置手紙がありました。「たのしかったです。またね。りえ」

それからしばらくすると、劇場でりえちゃんの人気が急上昇し始めたのです。当時、若手芸人がネタをやって合格音が流れると一週勝ち抜きになり、五週連続で勝ち抜くと吉本の心斎橋二丁目劇場のレギュラーになれるという制度があったのですが、なんとりえちゃんは、とんとん拍子で5週勝ち抜きを達成してしまったのです。

一方、僕とワダの「ビッグママ」はたったの1週も勝ち抜くことができませんでした。

地獄でした。

大好きなりえちゃんがステップアップしていくことが、僕には耐えられなかったのです。なんて小さな人間でしょう。

りえちゃんとはその後、自然消滅してしまいました。


イラスト・文/チャンス大城
チャンス大城氏写真/朝日新聞出版
その他写真/shutterstock


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#3はこちら(5月19日19時公開予定)
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僕の心臓は右にある(朝日新聞出版刊)

チャンス大城

2022/7/20

1,540円(税込)

304ページ

ISBN: 978-4023322592

芸歴30数年の芸人、チャンス大城。本名、大城文章(おおしろ・ふみあき)47歳。長すぎる雌伏のときを超え、今、お茶の間の記憶に残る男としてTV出演急増中。

テクニックに長けたお笑いを魅せる芸人が多いなか、「このひとなんだ!? また見たい!」と思わせる男。彼の常軌を超えた発想と行動はどこから来るのか?「濃ゆい町」尼崎で育ち、東京で生き抜いてきた自らの半生をはじめて語る。

とんでもない人生なのに、読むとなぜか元気になる。笑って泣ける、赤裸々すぎる半生記。