児童虐待の世界においては、発達障害のある子供が虐待を受けやすいということが、近年にわかに脚光を浴びている。たとえば、ADHDの子供は、その特性から注意が散漫で落ち着かずに動き回ってしまう傾向にある。親は、そんな子供に手を焼き、「聞き分けの悪い子」と捉えてストレスをため、無理やり落ち着かせようと手を上げてしまうことがある。それが児童虐待へとつながるのだ。

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ウサギ用ケージに監禁し、犬用のリード


ASDの子供も、親と感情や気持ちのキャッチボールをするのが苦手という特性がある。そのために親子の間に食い違いが生じ、衝突し、それが虐待に結びつくことがある。

実際に、私も取材で度々、発達障害児の虐待被害に遭遇してきた。

たとえば、かつて東京都内で取材した親による子供の虐待死事件がある。その両親は、立て続けに子供を6人ほど作ったが、2人目と3人目の子にADHDの傾向があった。親の目の届かないところで、冷蔵庫の食品を勝手に漁ったり、部屋中をゴミで散らかしてしまったりしていたという。


※写真はイメージです


両親はそんな子供たちに手を焼き、その二人の特性に目を留めることなく、「言うことを聞かない悪い子」「勝手に食べたり歩き回ったりする癖がある」と怒りを募らせた。そして、彼らは怒りから2人目の子をウサギ用ケージに監禁し、3人目の子を犬用のリードにつないで自由を奪った。それから数か月後、2人目の子はウサギ用ケージの中で死亡することとなった。

詳しくは拙著『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』(新潮文庫)を読んでいただきたいが、この親自身も様々な問題を抱えていた。とはいえ、発達障害のなかった他の子供には暴力をふるっていなかったことを考えると、発達の特性が虐待のトリガーになったと可能性は大きい。

ただ、児童虐待の現場を取材していると、子供に発達障害があるのと同じくらい、親に発達障害があるケースにも出会う。

一般的に、人に発達障害の傾向があったとしても、それが必ずしも虐待につながるとは限らない。いや、原則的には無関係といえる。発達特性における多動的な行動や、注意欠陥といったことは、暴力には直結しないのだ。

しかし、本人の意図せぬところで、発達特性が虐待を生むこともある。たとえば、以前、私が大阪で取材した女性には、発達障害の特性である注意欠陥と感覚過敏が顕著だった。


新聞配達の仕事だけで、3人の子供を育てようと…


彼女は劣悪な家庭環境で育ったことから、十代の時に家を飛び出した。水商売を転々としながら生きていく中で、三人の子供を産んだ。だが、父親に当たる男性は、子供たちを認知しなかったばかりか、養育費すら払わずに行方をくらましてしまった。

この女性は決心した。

「私が産んだんだから、自分一人で子育てをしよう。父親なんていらない。将来、子供たちに恥ずかしい思いをさせたくないから、水商売から足を洗って、新聞配達の仕事をすることにする」



発達障害のある人の中には、思考の振れ幅が極端な人がいる。彼女はまさにそうで、より報酬の高い水商売ではなく、新聞配達という厳しい仕事によって、3人の子供を育てることを決めたのだ。

しかし、発達障害のある女性が、新聞配達の仕事だけで、まったく公的支援に頼らず、3人の子供を育てていくのは至難の業だ。

毎朝午前2時には起きて新聞の配達所へ出勤しなければならない。自宅に帰るのは午前8時頃。それから子供たちを保育園へ送り届け、少しだけ仮眠をとって今度は夕刊の配達。その後、保育園に子供たちを迎えに行き、食事などの用意をして寝かしつけをすることになる。彼女はこうしたタイトなスケジュールをこなそうとしたが、発達障害の特性がその邪魔をした。

まず注意欠陥がひどく、彼女は子供たちの夕食をつくるのに4時間も5時間もかかった。料理をしようとしても、別のことに関心が向いてしまって一向に進まない。そのうちに時間だけが過ぎていき、子供たちはお腹を空かせたまま眠ってしまう。ご飯を食べさせてあげられるのは、週に1回か2回程度だった。

また、感覚過敏も深刻だった。彼女は特に聴覚が過敏で、駅など人の多いところへ行くと、あらゆる音がいっぺんに耳に飛び込んできてパニックになった。健常者は周りの音を選んで聞くことができるが、聴覚過敏の人はそれができないのである。

この聴覚過敏の影響は子供たちにも及んだ。住んでいたアパートには浴室がなかったため、近所の銭湯へ行く必要があった。だが、彼女は銭湯に行っても、聴覚過敏からそこに響く音に耐えられず、一分もしないうちにパニックになって飛び出してしまう。そのうちに銭湯からも足が遠のいていった。


児童相談所内で自殺を図る


児童相談所が彼女の子供たちを保護したのはそんなある日のことだった。保育園から通報があったのである。児童相談所の職員は、子供たちを保護する理由を次のように告げた。

「あなた(母親)は、子供にちゃんとご飯をあげていませんね。それに、何か月もお風呂に入れていないようです。夜も仕事で家を空けていて、子供たちを独りぼっちにさせていますね。これは明らかにネグレクト(育児放棄)に当たります。したがって、子供たちを児童養護施設へ預けることにします」


※写真はイメージです


彼女は彼女なりに一生懸命に育児をしていたつもりだった。だが、発達障害の特性からご飯を作ることができなかったり、銭湯へ連れていくことができなかったりした。

おそらく彼女が自分に発達障害があることを認識し、福祉につながれば、何かしらの支援を受けて子育てをすることができただろう。しかし、彼女は劣悪な家庭環境で育ったために幼い頃に医療につながる機会がなかった。そのため、彼女の行為は発達障害の影響ではなく、親による育児放棄と判断され、子供たちは一時保護の対象となってしまったのである。

彼女はこの後、児童相談所内で自殺を図った上、「私の人生は子供を取り上げられた時点で終わった」と言って、現在に至るまで喪服を意味する黒い服を着つづけている。そして私の勧めで病院へ行って発達障害の診断を受けたものの、「めんどくさい」という理由で福祉とつながることを拒否している。

このようにしてみると、親の発達特性が本人の意図しないところで虐待を生んでしまうことがわかるだろう。これ以外にも、発達障害特有の過度なこだわりや集中がゲームに向き、ゲーム依存になったことで子供をネグレクトしてしまった親、親の執着が子供の教育に向いてスパルタ教育へと発展してしまった親などのケースもある。


子育て世代の大人の発達障害の問題


多くの場合、共通するのは、親に発達障害の自覚がなかったり、それを拒絶していたりすることだ。それゆえ、彼らは自分なりにがんばって子育てをしているという思いを持っているのだが、客観的にはそれができていないということになる。このような人たちは家族や児童相談所など、第三者の意見を受け入れにくい。

虐待において、発達障害のある子供の子育ての難しさが語られる一方、なかなか発達障害のある親の子育ての難しさが知られることは少ない。このような事例を踏まえ、子育て世代の大人の発達障害の問題について、もっと光を当てていく必要があるだろう。

取材・文/石井光太

★取材対象者募集
シリーズ「発達障害アンダーグラウンド」では、発達障害の人々が抱えている生きづらさが社会の中で悪用されている実態を描いています。発達障害は、時として売春、虐待、詐欺、依存症など様々な社会問題につながることがあります。もしそうしたことを体験された人、あるいは加害者という立場にいた方がいれば、著者が取材し、記事にしたいと考えています。プライバシーや個人情報を必ずお守りすることはお約束しますので、取材を受けていいという場合は下記までご連絡下さい。

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