デマや一方的すぎる情報が人々の生活や、国の安全保障をも脅かす存在となった現代。受け取る側が「フェイク」を見抜く力をつけていかねばならないと元「プレジデント」編集長の小倉健一氏は警鐘を鳴らす。『週刊誌がなくなる日 - 「紙」が消える時代のダマされない情報術 - 』(ワニブックスPLUS新書)から一部抜粋、再構成してお届けする。

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プーチンが世界にふっかけたフェイクニュース


フェイクニュースとは、デマや一方的すぎる情報を指すが、これがメディアを通じて広がり、「陰謀論」や政治的なプロパガンダなどと結びついて人々の生活や国の安全保障をも脅かす存在になっている。「ニュース」というだけに報道のような形で広がっていく。

紙の時代での情報の伝播には自ずと限界があった。紙の印刷物を届けられる範囲でしか、情報が拡散しなかったからだ。しかし、オンラインは違う。人類の数ほどに達したスマホやPCを通して、SNSが中心になって効率よく瞬時に情報が伝播していく。それが事実かフェイクなのかが見極められないケースも多い。そして、そんな特性を利用する権力者たちもいる。

その最たる例が、ロシアのウラジミール・プーチン大統領がウクライナ東部でウクライナ政府軍による「ジェノサイド(集団殺害)」が起きていると主張したことだろう。

ロシアのタス通信はロシアがウクライナへ侵攻する前の2022年2月21日、ロシア領内に侵入したウクライナ軍車両をロシア軍が破壊したと伝えた。しかし、イギリスの調査報道機関ベリングキャットはSNSで拡散した映像に映っているウクライナ軍のものと指摘された車両を装甲兵員輸送車「BTR70M」であると分析した。ウクライナ軍は「BTR70M」を運用していない。



ロシアが流す反ワクデマ…国内向けには「ワクチンは効く」


「ジェノサイド」や「ウクライナ軍によるロシア領内への侵入・攻撃」というフェイクニュースが、今回の侵攻の口実に使われていたのだ。ウクライナでもフェイクと思しきニュースが流れており、両国によるフェイクニュースの情報戦が盛んだ。

本書の冒頭でも述べたが、ロシアは、西側諸国に「新型コロナウイルスのワクチンは効かない」というフェイクニュースを流し、逆に、ロシア国内では「ワクチンは効く」というニュースを流している。

フェイクニュース自体は、昔から「デマ」「虚言」など表現は違っていたかもしれないが、存在していた。ただ、私たちも世間話の中で、相手の話が信頼性の足らないものだと感じた時には「それは、フェイクニュースではないの?」と問う場面が増えてきたように感じる。

これほどまでに「フェイクニュース」という言葉が私たちの日常に広まったのは、米国のドナルド・トランプ前大統領のおかげともいえる。トランプ氏が大統領に就任する前後は、米国の世論に主要メディアが偏向的な報道を流しているとの不満が高まっていた。トランプ氏は主要メディアに対して、ツイッターを使って「フェイクニュースだ!」と攻撃を続け、喝采を浴びた。


世論工作は、政党、メディアだけでなく、
一般市民からの場合も


その後、大統領に就任すると、自分が気に食わない記事に「フェイクニュース」のレッテルを貼ることが増え、ジョー・バイデン氏との大統領選に敗北した時には「選挙で不正が行われた」というフェイクニュースをツイッターに投稿。さらには支持者を扇動したとして、ツイッターを「永久追放」されてしまった。

そして、米国のテスラCEOであるイーロン・マスク氏がツイッター社を買収する以前、「(ツイッターは)一見、穏健に見えるが、強い左派のバイアスがかかっている」「言論の自由を守る」として、トランプ氏の永久追放を「正しくなかった」と発言。その上で「誰もが自分の意見を述べることができる場でなくなれば、根本的な信頼を損なってしまう」と述べた。ホワイトハウスのサキ大統領報道官(当時)は2022年5月10日、マスク氏の発言を受けて「誰が許され、誰が許されない、という判断はプラットフォームを運営する企業が決めるべきだ」「オンラインプラットフォームが言論の自由を守ると同時に、間違った情報の発信源にならないことを望む」と語っている。



言論の自由は、最大限に認められるべきなのだ。しかし、プーチン氏やトランプ氏のようなケースについては、受け取る側が「フェイク」を見抜く力をつけていかねばならないだろう。フェイクニュースをつくるのは、決して権力者側だけではないことにも注意した方がいい。

誰もが騙される当事者であると同時に、騙す当事者でもあるのだ。世論工作は、政党、メディアだけでなく、一般市民が自ら信じる組織のために実行しているケースも多い。


「平均年収5万円の村で......」フェイクニュース製造村の実態


では、権力者以外に誰がフェイクニュースをつくるのか。NHKが2018年に取材した「フェイクニュース村」を紹介したい。

この村の名は「ヴェレス」といい、マケドニアという東ヨーロッパのバルカン半島南部にある小さな国に存在する。米ニューヨークから飛行機を乗り継いで、20時間かけて首都スコピエのスコピエ・アレクサンダー大王空港(現・スコピエ空港)に到着。そこから南に50キロほど車で走ったところにある。

人口約4万人のヴェレスは、住民の月収が5万円程度と豊かとは言えない地域だ。取材をしたNHK佐野広記ディレクターによれば、この町では市民がこぞって英文のフェイクニュースを作成し、PVを稼ぐことで収益を得ているのだという。



面白くできるポイントだけ書き換える


「耳にピアスして『渋谷で遊んでいます』みたいな感じの大学生が、取材に応じてくれました。『米国人はバカだ』『オレたちはあるわけがない嘘を書いているのに、奴らは本気にして読むんですよ』『すごくたくさん読まれてボロ儲け。けっこう楽なんだ』と軽いノリで小遣い稼ぎをしている。ヴェレスでフェイクニュースをつくっているのは200〜300人とのことでした」

マケドニアは英語圏ではない。単語だけを調べて、英語の記事は中学で習ったレベルの文章にするのだという。ゼロから取材して書くのではなく、「CNN」などのニュースサイトからテキストを引っ張ってきて、加工ソフトで面白くできるポイントだけ書き換える。

例えば、トランプ氏が「メキシコとの国境に壁を造る」というニュース記事は、文章の大半はそのまま使いつつ、一部を「ネバダに収容所を造ると言っている」などとセンセーショナルに書き換えてしまう。普通のニュースサイトのような文章に仕立てあげ、作成した記事を自分のウェブサイトに掲載、そこに広告配信サービスを埋め込む。読者が広告を見たり、クリックしたりすれば、広告料が入るという仕組だ。


放課後に毎日5本ペースでフェイクニュースをつくる高校生


「放課後に毎日5本ペースでフェイクニュースをつくっているという高校生が言うには『クラスでも4割くらいがやっているよ』。自宅での取材時に母親がいたのですが、驚いたことに母親は息子を叱るどころか『もっとやれ』と。『ちゃんとつくりなさい』と催促し、キーボードを打つ子供の手が止まると『私が助けてあげる』と言って手伝うのです。著名な女優の名をあげて、『怪我したとか、大変な目にあった、みたいに書けばいいじゃない』『そうだね、お母さん』というやりとりにはビックリしましたよ」

そうして得たお金でBMWやベンツといった高級車を買う。「ボロボロの車だらけの村に、突然ピカピカの高級車が走っている光景は異様でした」と佐野氏は当時を振り返る。



主義・主張に関係なく、ここまでカネ儲けに走るのは驚きだ。プラットフォーム側も規制を試みているが、まるで「いたちごっこ」のような状態が続いている。

やはり、特定の情報の真偽を議論すること以上に、情報分析には情報の利用目的やタイミングの観点から背景を読み解くことが求められる。フェイクニュースも含めた世論工作が氾濫する現代社会において、情報を読み解くスキルを持つことは欠かすことができないものとなるだろう。


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『週刊誌がなくなる日 - 「紙」が消える時代のダマされない情報術 - 』
(ワニブックスPLUS新書)

小倉 健一

2022/8/22

¥990

216ページ

ISBN: 978-4847061974

コンビニから雑誌コーナーがなくなり、都内の書店も減少傾向にある現在。スマホで誰もがニュースや新聞を読める中、紙の週刊誌は消滅の危機にある。電子書籍化、ウェブサイト化も進んでいるが、勝ち組・負け組の格差は広がるばかり。メディア戦国時代をどう生き抜くか。読者はどう効率的に情報を収集すべきか。元『プレジデント』最年少編集長が解説するメディアの現在と未来。

○内容より
第一章:メディアの最前線で何が起きているか
第二章:紙のメディアは5年で消える
第三章:儲かるメディア、死ぬメディア
第四章:デジタル化で起きる大問題
第五章:メディアを使い倒せば情報強者になれる

発行:ワニ・プラス
発売:ワニブックス