Z世代はタイパを重視しているが、限られた時間を有効に使いたい人間の気持ちは今も昔も変わらない。なのになぜ人は目の前のことに集中できないのか……それには不安が関係しているという。明治大学法学部教授、法と言語科学研究所代表の堀田秀吾氏の『24TWENTY FOUR 今日1日に集中する力』(アスコム)より一部抜粋・再構成してお届けする。

今日1日に集中する力#1


未来の不安を予想しても「95%」は当たらない

人間にとって、不安こそが生き抜くための武器だった


人生は選択の連続です。
私たちは日々、「朝、何時に起きるか」といったことから「どの案件を優先させるか」「ビジネスを成功させるために、どのような戦略を立てるか」といったことまで、1日あたり数千回にも及ぶさまざまな選択を繰り返しています。

では、人は選択をするとき、一体、何を基準にしているのでしょうか。
おそらく、多くの人は「より良い未来を手に入れるにはどうしたらいいかを考え、選択をしている」と思っているかもしれませんが、多くの選択は、実は不安という感情に基づいて行われています。

「多少の困難があっても成功したい」「充実した人生を歩みたい」といった積極的で前向きな考えではなく、「失敗したくない」「苦労したくない」「キャリアに傷をつけたくない」など、将来起こるかもしれないリスクを避けようとする消極的な考えが、選択を左右しているわけです。

ちなみに、人間が不安を抱くのは、太古の昔、不安こそが生き抜くための武器だったからです。

石器時代の人間は、常に命の危険にさらされていました。

いつ動物に襲われるか、いつ気候が急変するかわからず、現代からすれば何でもないけがや病気で命を落とすこともありました。

自分の身を守り、生き抜くためには、自分自身や周囲の環境を常に観察し、ささいな変化、違和感に気づき、それが危険かどうかを見極める必要があったのです。

そこで役に立ったのが、不安という感情です。
不安を感じることで、起こりうる危険に対し警戒したり慎重になったり、備えたりすることができるようになるからです。

つまり、石器時代の人々にとっては、ちょっとしたことでも不安になるくらいのほうが、生存競争において有利だったのです。

また、不安があったからこそ、人々は不安の種を取り除くために連帯し協力し合い、懸命に働き、さまざまなものを発明してきました。



不安を感じるのは当たり前のこと

そして、進化心理学的には、石器時代から、人間の心のメカニズムは変わっていません。


生物は、気の遠くなるような長い年月をかけて進化していきますが、現代文明が生まれてから今日までの時間など、人類の長い歴史から見ると、ほんの一瞬です。
いくら文明が発達して、ちょっとしたことで命を落とす可能性が減ったからといっても、私たちの心や体は石器時代のままであり、不安を完全に手放せるほど進化していないのです。

ですから、不安を感じることを、ことさらにネガティブにとらえる必要もなければ、不安をすべて取り除く必要もありません。

というより、人類が太古の昔からつきあってきた不安という感情を完全になくすことは、おそらくできないでしょう。

私たちが不安を感じるのは当たり前のことですし、適度な不安は、個人においてはやる気の源ともなります。

しかし、不安が大きくなりすぎると、すでにお伝えしたように、仕事ややるべきことが手につかなくなり、ときには心身の病気になってしまうこともあります。

ですから、不安とうまくつきあっていくこと、不安をコントロールすることが大事であり、そのためには不安の正体を知る必要があります。



不安に思うことの9割は、実際には起こらない
— ペンシルバニア大学のボルコヴェックらの調査


不安は、将来起こるかもしれない危険に備えるうえでは、ある程度役に立つかもしれませんが、選択の基準にしたり、行動の指針にしたりするべきものではありません。
不安にとらわれ、不安に基づいて下した判断には、あまり意味がないといってもいいでしょう。

なぜなら、人が不安に思うことの9割は、実際には起こらないからです。

シドニー大学のザボと、ニューサウスウェールズ大学のラヴィボンドが行った「悩みごと」に関する調査によると、48%の人の悩みごとは、「問題解決過程」にあったそうです。

約半数の人は、「この問題をどうやって解決したらいいのか」ということに悩んでいたのです。

また、この調査では、「結果は変えようがないと考える人ほど、さまざまな解決法を否定的にとらえる」という傾向も明らかになりました。

「この問題をどうやって解決したらいいのか」と悩みつつも、「何をやってもダメに決まっている」と決めてかかっているため、ますます問題解決に向かって動くことができなくなるわけです。

つまり、多くの人は起きた問題自体に悩んでいるのではありません。
たとえば、仕事でミスをしたとき、「問題を解決するために、まずは上司に相談するべきだろうか」「でも、叱られたらどうしよう。減給されるかもしれない」「隠しとおすことはできないだろうか」「でも、バレたときにもっと叱られることになる」といった具合に、まだ起きていない未来について考え続けているのです。

一方で、そうした人には、「何かほかの出来事が起きない限り、悩み続ける」という特徴も見られました。
これは、裏を返せば、「そうした人は、より意識を向けるべき出来事が起きれば忘れてしまう程度の問題に悩んでいる」ということになります。

また、ペンシルバニア大学のボルコヴェックらは「心配ごとの79%は実際には起こらず、
16%の出来事は事前に準備をしていれば対処可能である」との研究結果を発表しています。

心配ごとが現実化する確率はたったの5%であり、ほとんどのことは実際には起こらないか、適切に準備をしておくことで、いざ起こっても乗り越えることができるのです。



今感じている不安は、1年後には忘れている


しかも、今感じている不安は、1年後にはほぼ確実に忘れているはずです。
みなさんは、「エビングハウスの忘却曲線」をご存じでしょうか?
これは、19世紀のドイツの心理学者、ヘルマン・エビングハウスが、次のような方法で、時間の経過とともに人の記憶がどのように変化していくかを研究し、提唱した理論です。


実施者:ヘルマン・エビングハウス
方法:子音・母音・子音からなる意味のない3つのアルファベットを被験者
に覚えさせ、時間と節約率の関係を調べる。
結果:20分後の節約率が58%、1時間後は44%であった。約9時間後は35%、1日後は34%、2日後は27%、6日後は25%、1ヶ月後は21%であった。

節約率とは、一度記憶した内容を再び完全に記憶するのに必要な時間をどれだけ節約できたかを表すもので、この結果は、「時間が経てば経つほど、人が覚えたことを忘れやすくなる」ということを間接的に示しています。
人間は本当によく忘れる生き物なのです。

ただ、忘れるのは悪いことだとは言い切れません。
たとえば嫌な目に遭ったこと、仕事でミスをしたこと、人間関係で悩んだこと、そして何かに不安を感じたことも忘れます。

つまり、不快な感情にとらわれたり、悩んだり、不安に支配されたりしている時間は、1か月後、1年後には完全にムダになる可能性が高いのです。

不安は人間が当たり前に抱く感情ではあるけれど、不安に思うことの9割は実際には起こらず、今感じている不安も1年後には忘れている。

そう考えると、不安という感情を、少し冷静にとらえることができるようになるのではないでしょうか。

そして、世の中にどれほどネガティブな情報があふれていようと、いたずらに不安を抱えたり、不安に基づいて大事な選択を行ったりするのを避けられるようになるのではないでしょうか。

「何をなすべきか、いかになすべきか、をのみ考えていたら、何もしないうちにどれだけ多くの歳月がたってしまうことだろう」
これはゲーテの言葉です。

私たちは、本当はいつだって自分のことに集中したいし、効率よく時間を使いたいと願っているはずです。

しかし、まだ見ぬ未来への不安から不愉快な将来を予想してしまい、今、この瞬間を失い続けていることがどれだけ多いことでしょう。

不安は、いくらでも沸き起こり、生きている限り共にあります。
今までもずっとそうであったように、です。
ですが、
・不安の95%は実際には起きない。
・自分の感じている不安は1年後には忘れている。

各国の研究者たちが導き出したこの研究結果は、常に私たちに「不安との戦いに負けず、前に進め」と教えています。


今日1日に集中する力#1


『24TWENTY FOUR 今日1日に集中する力』(アスコム)

堀田 秀吾

発売日:2022年12月16日

価格:1650円(税込)

288ページ

ISBN: 978-4-7762-1243-0

私たちに必要なのはタイムマネジメントでも、効率化でもない。
世界中の叡智が明らかにした「最高の24時間」を過ごす方法をあなたに。
――最高の人生は、今日この瞬間の先にある―
24時間をもっとも有効に使う方法は世界中の叡智により、すでに明らかになっています。
答えは、「今、目の前のことにただ集中すること」。
これこそがもっとも充実した24時間を送る方法であり、私たち人類が、幸福に生きる方法でもあります。
ですが、残酷にも私たち現代人は、「目の前のことに集中する」ことがなかなかできません。
人生を安全に、効率よく進めたいという思うほど情報を求め、SNSやニュースに没頭します。
そしてやるべきことに集中できなくなります。また、人は不安を感じるとやるべきことに手がつかなくなります。SNSだけでなく、「気が散る」誘惑は、数限りなく存在します。人間関係で起きた問題やストレスもあなたから集中力を奪います。
多すぎるタスクも問題です。
マルチタスクは、生産性が40%低下し仕事を終えるまでの時間を50%増やします。
ネガティブなニュースは、あなたから正常な判断を奪い、85%の人が簡単にフェイクニュースにだまされるという研究結果もあります。
今の世界は、どうあがいても自分の24時間に集中するのが難しいのです。
「世界の叡智が示す『最高の24時間』とは本書は、世界中の一流研究機関の研究者たちによって行われてきた実験、研究を紹介しながら「今日1日に集中するにはどうすればいいか」を一緒に探っていくことを目的にしています。