「家事も育児も1人でやれ!」モラハラ夫と3度の離婚危機にあった30代女性…「家庭に居場所がない」毒母から受けた幼少期の八つ当たりの連鎖から乗り越えられたワケ

集英社オンライン12/8(日)13:00

「家事も育児も1人でやれ!」モラハラ夫と3度の離婚危機にあった30代女性…「家庭に居場所がない」毒母から受けた幼少期の八つ当たりの連鎖から乗り越えられたワケ

「家事も育児も1人でやれ!」モラハラ夫と3度の離婚危機にあった30代女性…「家庭に居場所がない」毒母から受けた幼少期の八つ当たりの連鎖から乗り越えられたワケ

宗教に熱心な過干渉な母親に育てられ、一目惚れから“授かり婚”した蒼山五月さん(仮名・30代)。波乱だらけだった結婚までの道のりを乗り越え、幸せな生活が待っていると思った矢先に訪れた悲劇とは…。そして、幼い頃からあったという負の連鎖を、彼女はどう断ち切ったのか。(前後編の後編)

結婚後、夫のモラハラが始まる…

結婚までの道のりが波乱に満ちていた蒼山さんの新婚生活は、順風満帆だったかといえば、そうではなかった。

結婚後、まもなく妊娠したことがわかった蒼山さんは、流産した苦い経験から、仕事を辞めることに。

するとその途端、夫のモラハラが始まったのだ。

産後、子育てや家事に協力してもらおうとすると「子育てと家事がお前の仕事だろう!」と怒鳴られた。

お金の使い方にも細かく口を出され、ひとたび反論すれば「誰のおかげで生活できてると思ってるんだ! 稼いでいるほうが偉いんだ!」と一蹴された。

「夫の仕事関連のBBQに家族で行ったのですが、夫は“仕事接待モード”になって周りの人を褒めまくっていて、『ああ、こうも人って変わるのか』と衝撃を受けました。

家族のために一生懸命働いてくれることに感謝する瞬間でもあるのでしょうけれど、自分が過去に言われてきた暴言はこの態度の上に成り立っていたのかと思うと複雑です。

モラハラな人が職場で腰が低く家で威張るパターンはあるあるだと知っていましたが、実際に見るとちょっと気持ち悪かったです」

悩んだ蒼山さんは第一子出産後、半年でアルバイトで働き始め、派遣会社に登録する。

「夫は、私が夫の収入で生活するようになり、自分で稼いだお金の出口がわからないだけでなく、思ったより貯まらないことがストレスだったようです。私は常に離婚を考えるようになっていました…」

3度あった離婚危機

1度目の離婚危機は、蒼山さんが初めての出産と育児で、夫があまりにも何もしてくれないことに苛立ち、夫は自分の収入が蒼山さんに使われていくことにストレスを感じたことで訪れた。

この危機は、第一子を保育園に入園させ、蒼山さんが働きに出ることで解決。

2度目の危機は、30歳で3人目を出産した頃に、夫が転職したことで訪れた。

夫は慣れない仕事に一生懸命で、家庭を完全に放置。そのうえ、突然「生活費は一切払わない!」と言い出したり、「家事も育児も1人でやれ!」と命令するなど、モラハラがグレードアップ。

蒼山さんは家事・育児・仕事に追われ、そのうえ、夫からのモラハラに悩まされ、離婚を考えたが、自分に経済力がないため断念せざるを得ない。

そこで蒼山さんは、IT関係の仕事に転職する。

自宅でできる仕事だったため、家事・育児の合間に仕事をしていると、今度は夫から、「そんなに仕事がしたいなら出ていけ!」と言われる。

さすがに耐えきれなくなった蒼山さんは、子どもたちと共にホテルに移り、2週間別居状態に。

結局、蒼山さんの両親まで巻き込んでの話し合いの末、蒼山さんが生活費を折半することで離婚は回避。

夫は負担が半分になったことで「俺の金で生活してるくせに」発言はなくなり、徐々に家事・育児にも協力的になっていった。

そして34歳のときに4人目を出産した2年後、3度目の離婚危機を迎えた。

蒼山さんは1泊2日の出張で家をあけなければならなくなり、夫は「行っていいよ」と言って送り出してくれたが、帰宅後、「俺ひとりで2日間、4人の子どもの面倒をみたんだから、俺も自由に過ごさせてもらう!」と宣言。

家庭を一切顧みず、夜な夜な遊び歩き始める。

そんなときに限って一番上の子の小学校からはトラブルの電話があり、三番目の子は登園拒否。末っ子は発熱。

余裕がなくなった蒼山さんはイライラするあまり、遊び歩く夫に嫌味を言ってしまう。

「私がいないと何にもできないくせに!」

すると夫は、「お前なんていなくても幸せに生きていけるわ! 離婚しよう!」と言って家を出ていってしまった。

「3回目の危機は、私が泊まりで家をあけることに、夫は『いいよ』と言いつつ納得できていなかったこと。

私が夜に家で仕事をしていることに関しても、まだ納得していなかったことにより、お互いが衝突した感じです。

子ども1人のときと比べて夫は、かなり家事や子育てを頑張ってくれるようになっていましたが、それでも裏には『不満』が溜まっていたようです」

怒りに任せて出ていってしまった夫は、1週間後に帰宅。

その後しばらくは離婚に向けた話し合いを進めていたが、子どもの誕生日を兼ねた家族旅行を計画し始めたところ、いつしか2人は元通りになっていた。

毒母の連鎖を乗り越える

過干渉で否定的な母親に育てられた蒼山さんは、自己肯定感の低さに苦しみ続けてきた。

「母は毒母だったと思いますが、母の母、私の祖母もそうだったので仕方なかったと思っています。熱が出たらお粥を作ってくれる、迎えにきてくれるなど、母なりに、母親らしいことをしてくれたことも覚えていますし、感謝もしています。

ただ、精神的に不安定な人なので、八つ当たりがヒドイときがあったり、私の話を信じてくれないなど傷つくことをたくさんされてきたから恨んでいる……という状態です」

現在、蒼山さんは4人の子どもを持つ母親だが、子育てしていて、「自分もお母さんのようになってしまった」と思うことはないのだろうか。

「2人目までの子育てでは思うことがよくありました。八つ当たりをしたり、暴言を吐いてしまったこともあります。人間関係がうまくいかず失敗ばかりでした」

しかし、「このままではいけない」と思った蒼山さんは、時間を見つけて子育てセミナーに参加したり、本を読んだりして学び始める。同時にブログを始め、ネット上でもたくさんの人と出会い、人との関わりの中で精神的に成長した。

「おかげで、母のように八つ当たりしてしまうことはなくなりました。夫の両親は心優しい人なので、夫の子どもへの接し方や考え方が、私に大きな影響を与えているとも思います。

30歳のときに転職し、33歳くらいの頃には金銭的に余裕ができたことで、家事代行など、お金で解決できることが増えたことも大きいと思います」

多くの人との関わりや仕事で自信が持てるようになったことが自己肯定感を高め、そのことが、子どもたちや夫のみならず、そのほかの人たちとの関係をさらによくしていく好循環が生まれたのだろう。

3度目の離婚危機以降、夫のモラハラはなくなり、夜に蒼山さんが仕事をしている間は、夫が子どもたちを見てくれている。

現在は、住宅ローンや保険、車にかかる費用、子どもの学校や保育園にかかる費用などは夫が払い、そのほかの食費、外食費、交際費、衣類や洗剤などの消耗品代は蒼山さんが払うことで夫婦円満だ。

「私には不登校になった小学校の半ば頃からずっと、自殺願望がありました。仕事や子育てがしんどいけど、どうにもならない。頼る相手がいない。

そんなときに『死ねたら楽になるのに』ということをよく考えていました。

33歳くらいの頃から仕事で自信が持てるようになると、『しんどいならやめればいい』『困ったときは誰かに助けてもらえばいい』と思えるようになって、不思議と助けてくれる人が現れたり、夫が家事育児に協力的になってくれたりして、自殺願望はなくなりました。

思春期には実行に移そうと考えたこともありましたが、居場所がなかったからだと思います」

過干渉な母親によって「家庭に居場所がない」と感じ、居場所を得るために必死にあがいてきた蒼山さんは、ようやく自分自身の力で“壁”を乗り越え、居場所を得ることができたようだ。

取材・文/旦木瑞穂

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