第104回全国高等学校野球選手権大会が8月6日から開幕した。全国49代表の中には、読み方もわからない稀少な名字を持つ監督・選手もいる。その読み方は? 由来は? 野球史研究家であり姓氏研究家でもある森岡浩さんに聞いた。

風が吹く様子を名字に持つプロ野球選手


森岡さんによると、「稀少名字が生まれる背景にはいくつかのパターンがある」という。多いのが、地名由来だ。たとえば今大会に出場している敦賀気比(福井)の上加世田頼希選手。「上加世田」の4文字が名字で「うえかせだ」と読む。

「この選手の出身は大阪ですが、ルーツは鹿児島かもしれません。鹿児島に加世田という地域があります。そして鹿児島の人は地域名の前に上下とか東西南北を付けるんですよ。だから名字が4文字ある人は珍しくありません」

他にも九州には命名に独特のルールがあるという。たとえばかつて阪神タイガースの投手だった源五郎丸洋さん(日田林工・大分)。ユニフォームの背中に書かれた名字のローマ字が一周しそうで驚愕したものだが、森岡さんによると

「九州では新しく開いた田んぼに『○○丸』と名付ける風習があったんです。だからたぶん、源五郎さんが新しく開いた田んぼで働いていた方がご先祖様ではないかと」

地名ではないが、風景・光景由来と思われる名前もある。かつて瀬戸内高(広島)の監督を務めた後原富(せどはら・ひさし)さん。名前全部が難読だが、「後原」の元は「背戸原」だという。

「背戸は家の裏口という意味で、背戸原は『家の後ろにある原っぱ』という意味。そこに違う漢字を当てたんでしょう」

自宅裏の原っぱを名前に持ってくるとは、なんか良い感じの名前ではないか。風が吹く様を描いた粋な名字もある。広島カープで活躍し、いまはオリックスバファローズのコーチを務める梵英心さん(三次高・広島)。「そよぎ」と読む。

「彼の実家はお寺なので、恐らく仏教用語から『梵」にしたんだと思います。『梵』の漢字の意味は『木の上を風がそよそよと吹くこと』。それで読みを『ぼん』ではなく『そよぎ』にしたのでしょう」


時代劇の主人公のような名字


稀少名字の由来で地名以外に多いのが「分家」。本家と区別するために、同じ読みで違う漢字を当てるケースがある。ある年、森岡さんが甲子園に出場する選手をチェックしていて興奮したことがあるという。

「資料でそういう名字があるとは知っていたんですが、『本当かな』と疑っていたんです。でも甲子園という大きな場で出会うことができて、興奮しました」

その選手とは2014年出場の岩国高(山口)の二十八智大選手。二十八と書いて「つちや」だ。読み方はいたって普通だが……。

「恐らく本家が『土屋』とか『土谷』さんなんでしょう。分家する際に違う漢字を当てたんだと考えられます」

今大会では、大会初日に登場した明豊高(大分)の嶽下(たけした)選手。

「家が崖の下にあったか、『竹下』からの分家だと思われます」

嶽下選手は下の名前もすごくて(?)、なんと「桃之介」。「嶽下桃之介(たけした・もものすけ)」とは、まるで時代劇の主役みたいな名前ではいなか。初戦では居合抜きの達人よろしくバット一閃、タイムリー二塁打を放ってチームを勝利に導いた。

森岡さんが高校野球の稀少名字に興味を持つきっかけとなったのが、1973年の銚子商(千葉)の多部田(たべた)英樹選手。あの江川卓の作新学院(栃木)に勝ったチームだ。

「ラジオで実況を聞いていたら、アナウンサーが『ライトフライをたべた』と言ったんです。『捕る』を『食べた』と形容するのは変だなと思っていたら、ライトを守っていた選手の名前でした。それから甲子園は稀少名字の宝庫だとわかり、いろいろ例を集め始めたんです」

その森岡さんでさえ、「由来がまったくわからない」という屈指の稀少名字の野球選手がいる。ロッテオリオンズなどで活躍した定詰(じょうづめ)雅彦(広陵高・広島)さんだ。長くプロ野球で活躍した有名選手なので、ファンならみな読める。それが「稀少」とは意外だ。

「由来がわからないし、『定詰』という名字もたぶん、このご家族しかいないと思う。このぐらい稀少になると、本人の家になにか言い伝えとか残っていないとわからないですね」

定詰さん、もし残っていたら森岡さんまでご連絡を!


下の名前も興味深い


稀少姓以外でも、高校野球における名字にまつわる不思議さ、面白さはたくさんある。たとえば同姓が固まる地域があって、岩手県もそのひとつ。

「98年の岩手県大会初戦に登場した遠野高校。先発メンバー9人のうち7人が『菊池』姓でした」

県大会初戦から名字をチェックしている森岡さんにやや引くが、筆者も同姓選手の多さ困惑させられたことがある。14年出場の山形中央高は、ベンチ入り選手18人のうち「高橋」姓が4人、「阿部」姓と「佐藤」姓が2名ずつ。しかし試合の途中で高橋姓の選手と佐藤姓の選手が交代したり、高橋姓4人のなかに双子がひと組いたりと、「いま打ってるの誰やねん」と、観戦取材をしながら混乱した。

「固まるはずがないのに固まったのが、福岡の東筑高です。夏の甲子園に6回出場しているんですが、そのうち4回のエースが石田姓なんです。かといって福岡でとくに石田姓が多いわけではありませんから、不思議です」

興味は名字だけてなく、下の名前にも及ぶ。親が甲子園で活躍した選手にあやかって自分の子どもに付けるというパターンがある。たとえば松坂大輔さんの名前は荒木大輔さんから来ていることは有名だ。その松坂さんが横浜高校のエースとして活躍した98年生まれの選手がいた15年の夏の甲子園。「大輔」選手が6人いて、そのうち私が確認できた3人は松坂大輔由来だった。ちなみにその年は「翔」と書いて「しょう」ではなく「かける」と読ませる選手が4人いて、そのうち2人は木村拓哉さんが主演したドラマの役名から取られていた。「ドラマ由来」というのもあるのだ。

最後に、今大会の出場選手をチェックしていた私が「この子は、毎回テストで名前を書くの大変やろ……」と思わず同情してしまったのが、興南(沖縄)の主将、禰覇(ねは)盛太郎選手。森岡さんいわく「沖縄ではとくに珍しい名字ではありません」ということだが、名字だけで画数が38(19+19)画もある。さっきの二十八君が名字を書き終えたときにでもまだ「禰」の偏しか書けていない。興南は初戦で、劇的なサヨナラ押し出し死球で敗れた。試合後、ベンチ前で涙を流す投手の両肩を笑顔で叩いて慰める禰覇の姿があった。

取材・文/神田憲行 取材協力/森岡浩