年間約8万人いるという「失踪者」に注目したのは、ドキュメンタリー出身の久保田直監督。人はなぜ、突然消えるのか? 待ち人の心理は? 10月7日から公開される劇映画『千夜、一夜』の制作の裏側を聞いた。

北の離島に住む若松登美⼦(田中裕子)は、30年前に失踪した夫の帰りを今も待ち続けていた。ある日、登美子は、2年前に夫が失踪したという田村奈美(尾野真千子)と出会う。「拉致されたのかもしれない」と話す奈美に力を貸す登美子だったが、街中で偶然、奈美の夫・洋司(安藤政信)を見つける——。



警視庁公表の「令和3年における行方不明者の状況」によると、行方不明届が出された人数は7万9218人。統計が残る1956年以来、常に年間8万人近い行方不明者がいるという。この「失踪者」に注目したのが、テレビドキュメンタリーで数々の賞に輝き、初の劇映画『家路』(2014年)がベルリン国際映画祭に出品された久保田直監督だ。人はなぜ、ある日突然消えるのか。帰りを待つ人の心理とは。劇映画第2作『千夜、一夜』の制作背景や込めた想いを聞いた。


なぜ失踪したくなるのか、どれだけ待てるのか


——「失踪」という題材に興味を持たれたきっかけは?

久保田直(以下、同) 20年くらい前に、特定失踪者(北朝鮮による拉致の可能性を排除できない失踪者)の顔写真が並んだポスターが全国に張り出されたことがあって、強烈に印象に残っていました。そして『家路』が公開されてすぐの頃、ある方とお話していたときに、「どうやらあの中の何人かは、自身で家族に電話をして、『自分は拉致されたわけではない』と伝えたらしい」と聞いて。それはなかなか、すごいことだなと思ったんです。


久保田直監督


——すごいこと、というのは?

家族は、ある日突然いなくなった理由がわからない。だから藁(わら)にもすがる思いで、「拉致されたに違いない」と考えていたはず。それなのに突然本人から電話があって、「そうじゃない」と伝えられるのは、相当ショックだろうなと。

——自分の意志で消えたということですからね。

そのときに気になったのは、「人は、なぜ失踪したくなるのか」ということ。自分自身を振り返ってみても、「自分はここにいていいのか」と考えたり、「ここから消えていなくなりたい」という感覚になったことはあるんです。その感覚は、意外と多くの人にあるのではないか——。そう考えたときに、これはもしかしたら普遍的なテーマになり得るかもしれないなと思いました。

——主人公を、夫の帰りを待ち続ける女性(登美子)にしたのは?

最初はいなくなった側に興味があったんですけど、「電話の後、家族はどんな気持ちで過ごしたんだろう」と思い始めて。そもそも家族は、いなくなったことをどう受け止めているのか。そして、どれだけ待ち続けることができるのか。「いなくなる」「いなくなられてしまう」という関係性で何かできないかと脚本家の青木研次さん(『家路』、『いつか読書する日』)に相談して企画が始まりました。



想像をかき立てられた警察のリスト


——舞台を佐渡島にした理由は?

島は、出入りの場所が、港しかない。登美子が、そこを見つめて待つ姿が思い浮かびました。そして、「拉致されたのかもしれない」と思える島にしたほうがいいかなと考えて、実際に特定失踪者に認定された方が多く、不審船の発見も多い佐渡島はどうかと。



——失踪者の内面は、どのようにして考えたのでしょう。

全国各地の警察署のホームページに、もう亡くなっていて誰だかわからない「身元不明者」のリストがあるんです。そこに推定年齢と似顔絵、所持品の写真などが載っている。それを見ると「あ、こんなものを持って失踪しているんだ」と想像がかき立てられました。本当にみなさん、身軽なまま亡くなられているんですよね。



——2020年春にクランクイン後、コロナ禍で1年半以上中断されたそうですね。

今回一番力を入れたのは、最後まで撮り終えることだったかなと思います。一度中断したので、もう一回ストップしたら、この映画は完成しないかもしれない。誰ひとりとして感染者を出さないよう、3食とも部屋食をお願いして、東京から新しく人が合流するときは、PCR検査の実施を徹底してもらいました。

——逆境の中で撮ったからこそ、作品が良くなったところは?

再開までに脚本を何度も読み返して、ラストシーンを少し変えたんです。そこは(田中)裕子さんにも「変えて良かった」と言っていただきましたね。



大切な人に、大事なことを伝えているか


——完成した映画を、観客にどのように感じてもらえるとうれしいですか?

僕はテレビドキュメンタリーでも、答えを押しつけるようなものは、作りたくないと思ってるんです。この映画も、いかようにでも解釈できるように作ったつもりなので、たくさんの方の、たくさんの解釈で、作品がどんどん育っていったらいいな、と思います。

僕個人としては、失踪する人と待つ人の思いを考えながら作ったわけですが、完成したときに頭をよぎったのは、「自分は、大切な人に、大事なことをちゃんと伝えられているだろうか」という問いでした。そんなふうに、それぞれの読後感を味わっていただけたら。

——考え続けた結果、「失踪する人の気持ち」はわかりましたか?

そこは結局、まったくわからないです。いなくなる理由は、いっぱいあるのかもしれないし、もしかすると意外と何もないのかもしれない。監督としては、そこはわからないほうがいいのかもしれないとは思いましたね。わかってしまうと、ものすごくつまらない映画になる気がするので。

——次回作の予定は?

それもまだわからないです(笑)。『家路』を作ったときに「2〜3年に1本撮って、最低3本は劇映画を」と考えていたんですけど、もう大幅に予定が狂っている。みんなで知恵を出し合って、不可能を可能にしていく「映画作りの楽しさ」を知ってしまったので、今後も作り続けていきたいですね。



取材・文/泊 貴洋
場面写真/©︎2022映画『千夜、一夜』製作委員会


『千夜、一夜』(2022年)
監督・編集/久保田直
脚本/青木研次
出演/田中裕子、尾野真千子、ダンカン、安藤政信、白石加代子、山中崇、平泉成、小倉久寛 ほか
配給/ビターズ・エンド

北の離島の美しい港町。登美⼦の夫が突然姿を消してから30年の時が経った。彼はなぜいなくなったのか。⽣きているのかどうか、それすらわからない。漁師の春男が登美⼦に想いを寄せ続けるも、彼女がそれに応えることはない。そんな登美⼦のもとに、2年前に失踪した夫を探す奈美が現れる。彼⼥は⾃分のなかで折り合いをつけ、前に進むために、夫が「いなくなった理由」を探していた。ある⽇、登美⼦は街中で偶然、失踪した奈美の夫・洋司を⾒かけて…。

10月7日(金)テアトル新宿、シネスイッチ銀座ほか全国公開
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