森保ジャンパンが12月2日未明に対戦するスペインは、17の自治州で構成され、それぞれが多様な文化を持っている。北部にあるバスクは、日本では「バスクチーズケーキ」が有名だ。だが、バスクではどこを探しても「バスクチーズケーキ」は置いていない。いったいなぜ?

日本上陸は2016年ごろ


バスクチーズケーキ 写真/PIXTA


スペインの北に、バスク自治州はある。バスクは強い自治権を持ち、民族的にも異彩を放ち、独自の言語(ヨーロッパにあるどの言語にも似ていない)を持つ。必然的に、文化的にも他の州とは一線を画す。

イベリア半島は歴史的に、ローマ帝国、西ゴート族、イスラム勢力によって蹂躙されてきたが、バスク人たちは独立を守り、それは近代まで長く続いた。20世紀の軍事独裁政権を経て独立の気風は変質してしまったが、バスクは孤高を守ってきた。

日本でバスクという名が広く知られるようになったのは、その歴史やサッカーやフランシスコ・ザビエルの出身地ということよりも、バスクチーズケーキの影響が大きいかもしれない。

バスクチーズケーキは2016年ごろに日本に上陸。外側を黒く焦がした濃厚な風味のあるチーズケーキはその後、日本で大ヒット。コンビニエンスストアではバスクチーズケーキ風のパンとして商品化されたあたりは、日本人ならでは創意工夫と言えるだろう。

ただ、実はバスクにバスクチーズケーキは存在しない。

バスク州のギプスコア県、サンセバスティアン市は「世界一の美食の町」として知られ、路地にはミシュラン級の店が軒を連ねる。バルのはしごは一つの文化だ。

そのサンセバスティアンに本拠を置くスペイン1部リーグの古豪、ラ・レアル・ソシエダ(ラ・レアル)のクラブハウスで、筆者は何度かランチをごちそうになったことがある。

現在は、日本代表である久保建英も所属。選手もそこでランチを取ることがあるだけに、今シーズンは久保も食べているのだろうか。

その日、ランチデザートに出たのがレアチーズケーキだった。ブルーベリーソースがチーズと溶け合い、なんとも贅沢な味。定食に付いたデザートとは思えないレベルで、日本人の舌にも合う気がした。

バスクの人々は、食に対するこだわりが強い。チーズを好んで食べるだけに、その活かし方を知り尽くしている。それが美食の町の歴史を生んだ。

筆者が思うに、どこにいってもスペインで出てくるケーキは全般的に甘すぎる。大味なものも多く、アベレージはかなり低い。そのため、同国では大概はデザートをパスし、カフェだけにすることを推奨しているのだが、バスクでは、スイーツも捨てたものではない。

ただ、チーズケーキはおいしかったが、「バスクチーズケーキ」というメニューは存在しなかった。


“バスクチーズケーキ”が生まれた背景


そこでスイーツを扱う店やレストランのデザートで、バスクチーズケーキがあるか、試しに聞いてみたが、みな首をかしげるばかりだった。

「うーん、ただのチーズケーキならあるわ。バスクケーキもあるわよ。けど、バスクチーズケーキはないわ」

店員はなぞかけのように言った。


バスクで売られているバスクケーキ


バスクはフランスにまたがる地域だが、バスクケーキはフランス・バスク発祥で、フランス語で「ガトー・バスク」とも紹介される。

起源としては18世紀ごろ。当初はフルーツケーキに近く、それがアーモンドとバターをベースにした形でバスク全域に広まっていったという。

市内にあるケーキ屋の店員にレシピを聞くと、なかなか手が込んでいた。中にカスタードクリームを入れたり、フルーツを入れたりと、バリエーションも多い。

店員に言われるがまま、シナモンが入ったバスクケーキを食べたが、レモンの香りも微かにして、確かにおいしかった。庶民的な値段で一切れ2ユーロ。約240円の小さな幸せだ。

同時に、バスクのチーズケーキが「バスクチーズケーキ」として日本で売られたからくりも明らかになった。

サンセバスチャンの旧市街に「ラ・ヴィーニャ」という老舗レストランがある。そこで出されるデザートのチーズケーキが10年ほど前から評判を呼び、人気を博していた。すると、地元に似たようなチーズケーキを作るお店が増えたという。

というのも「ラ・ヴィーニャ」がレシピを公開しているからで、必然的に輪が広がったのだ。この人気スイーツが「バスクチーズケーキ」という商品で日本に持ち込まれるのは、時間の問題だったと言える。


バスクと日本の相性のよさ


「ラ・ヴィーニャ」のチーズケーキの特徴は、表面が黒くなっている点だろう。表面に塗られたキャラメルをオーブンで黒く焦がし、香ばしさを出しながら、中は濃厚なチーズを舌の上でとろけさせる。

ベイクドチーズケーキの一種で、改良に改良を重ね、今の体裁に辿り着いたという。チーズの風味が強いだけに、ワインと一緒にも楽しめるのが特徴だ。

材料はフィラデルフィア産のクリームチーズに卵、砂糖、小麦粉(薄力粉)、生クリーム。特別なものは使用していない。220度のオーブンに入れて焼き上げ、粗熱を取ったあと、冷蔵する。

その過程で外側はカリっとなり、中はトロトロの食感が生み出される。その絶妙な加減に、おいしさのポイントはある。

日本人はバスクと相性が良く、食事だけでなく、サッカーもゆかりが深い。

例えば、J1のスペイン人では半数近くの選手、監督がバスク人である。フリオ・サリーナス、チキ・ベギリスタイン、ヨン・アンドニ・ゴイコチェア、マルケル・スサエタ、ハビエル・アスカルゴルタ、ミゲル・アンヘル・ロティーナ、ファン・マヌエル・リージョなど、一様に貢献度も高い。きっと肌が合う感覚があるのだろう。

一方で、過去にスペインで最も活躍した日本人選手は、バスクのエイバルでプレーした乾貴士だろう。スペインの他の地域では日本人選手に懐疑的なところがあるが、バスクでは親しみを持って受け入れられた。

その意味でも日本人がプレーし、生活するのに適している土地と言える。やや伸び悩んでいた久保も、ラ・レアル移籍によって一気に才能が開花した気配がある。

バスクでは、様々な種類のチーズケーキがある。この食べ歩きだけでも、多くの日本人はバスクの深淵に好意を持つことになるだろう。

取材・文/小宮良之