挑戦者ネリを完膚なきまでに叩きのめした井上だが、1ラウンドに喫したボクサー人生初のダウンは、今後の防衛ロードでどんな意味を持つのか?
挑戦者ネリを完膚なきまでに叩きのめした井上だが、1ラウンドに喫したボクサー人生初のダウンは、今後の防衛ロードでどんな意味を持つのか?

5月6日、世界4団体統一王者、井上尚弥は"悪童"ルイス・ネリを6回TKOで退け、満員の東京ドームを熱狂させた。今後もしばらくスーパーバンタム級で戦う"モンスター"の防衛ロードを、次戦から近未来まで先取り予想!

■次期挑戦者グッドマンとは?

東京ドーム決戦は序盤から衝撃的だった。1回に「パンチの軌道が読めなかった」ところに挑戦者ルイス・ネリ(メキシコ)の左フックを被弾。これまで井上尚弥(大橋)はアマチュアで81戦75勝(48KO)6敗、プロで26戦全勝(23KO)してきたが、合計108戦目にして初めてダウンを喫した。

しかし、2回には左フックでダウンを奪い返し、5回にも左でダウンを追加。そして6回、右アッパーから右フックで獰猛な"パンテラ"(黒豹)をキャンバスに沈めた。

終わってみれば"モンスター"の攻撃力と気持ちの強さが際立った試合といえるが、一抹の不安が残ったのも事実だ。不安の正体は完全無欠と思われた男がダウンを喫したという一点に尽きる。

12年のプロ生活中、明らかにダメージを被った試合はノニト・ドネア(フィリピン)との初戦(2019年)ぐらいだったが、31歳になった肉体になんらかの変化が起こっていたとしても不思議はない。

あのダウンは井上が試合後に言ったように一過性の「サプライズ」として看過していいのか、それとも陰りの始まりなのか。そういった意味でも、9月に日本で開催される可能性が高い次期防衛戦が注目されることになる。

相手はIBFとWBOで1位にランクされるサム・グッドマン(25歳=オーストラリア)が確定的といえる。井上がネリを6回TKOで仕留めた直後のリングに上がった男である。

マイクを握った井上が「次は9月頃、グッドマン選手と防衛戦をしたい。これから交渉」と話すと、グッドマンも「私もベルトが欲しくて戦っている。ぜひ」と対戦を申し入れた。

次の挑戦者として対戦交渉が進むサム・グッドマン(オーストラリア)。戦績18戦全勝(8KO)
次の挑戦者として対戦交渉が進むサム・グッドマン(オーストラリア)。戦績18戦全勝(8KO)

グッドマンはアマチュアを経て18年4月にプロデビュー。地域王座を獲得して22年夏には世界15傑入りを果たした。特記すべきは、その後、世界挑戦経験者2人、元世界王者2人、WBO14位を次々と破ってきたことである。

12回判定勝ちが3試合続いたこともあったが、逆に経験値を上げると同時にスタミナを証明したともいえる。戦績は18戦全勝(8KO)。身長/リーチとも169㎝で、165㎝/171㎝の井上と体格面で大差はない。

速いテンポで左ジャブを突きながら伸びのある右ストレートを打ち込んでくる正攻法の選手で、バランスのとれた戦力を備えた穴のないボクサーだ。4年前に井上が7回KOで退け、5月6日の前座で武居由樹(大橋)に敗れてWBO王座を明け渡したジェイソン・マロニー(オーストラリア)に似たタイプといえる。

ネリのようなスゴみはないため井上のリスクは小さく抑えられそうだが、若くて全勝の伸び盛りということもあり、侮れない相手だ。

■27戦全勝(20KO)。世界が注目する日本人

WBCの指名挑戦者のネリを退け、次戦でIBFとWBOの指名挑戦者であるグッドマンも撃退すれば、年末にはWBA1位のムロジョン・アフマダリエフ(29歳=ウズベキスタン)が有力候補として浮上してきそうだ。

この元WBA・IBF王者は13戦12勝(9KO)1敗の戦績を残しているサウスポーの強打者で、打撃戦も技術戦もこなせる万能型といえる。以前から井上が対戦したい相手として名前を挙げている選手のひとりで、攻撃力があるため危険度は高い。

近い将来、井上がフェザー級進出を視野に入れていることは事実だが、「ベストのパフォーマンスができないのであれば無理に上げても意味がない」と話しており、転級には慎重な考えを持っている。昨年夏にスーパーバンタム級王座を獲得した後も、「しばらくはこの階級にとどまる」と話している。

とすると、王者として2025年を迎えた場合はもう1、2戦、防衛戦をこなすことになりそうだ。それなりの知名度と実績がある相手となると元3階級制覇王者のジョンリエル・カシメロ(35歳=フィリピン)が挙げられる。

気持ちを前面に出して向かってくるファイターだけにリスキーな相手ではあるが、総合力では井上が大きく上回る。

もしも井上が2年後まで世界王者としてスーパーバンタム級にとどまっていた場合、現WBC世界バンタム級王者の中谷潤人(じゅんと/26歳=M.T)との対戦が現実味を帯びてくる可能性もある。

27戦全勝(20KO)の中谷は身長172㎝、リーチ170㎝と大柄なサウスポーの万能型。23年5月にWBO世界スーパーフライ級王座を獲得した試合は米国『リング』誌などの年間最高KO賞に選ばれ、今年2月に3階級制覇を成し遂げた後は同誌のパウンド・フォー・パウンド(全階級を通したランキング)で10位に入った。

将来的に井上との対戦が期待される、WBC世界バンタム級王座を保持する3階級制覇王者、中谷潤人(M.T)。戦績27戦全勝(20KO)
将来的に井上との対戦が期待される、WBC世界バンタム級王座を保持する3階級制覇王者、中谷潤人(M.T)。戦績27戦全勝(20KO)

気の早い海外のファンの中には「井上の進撃を止めるとしたら中谷ではないか」とみる人もいるほどだ。

井上vs中谷が実現するためには、この後、両者が3、4戦をこなしてインパクトのある勝利を重ね、かつ中谷がスーパーバンタム級に転向することが前提となる。まだまだ「たら」「れば」をつなぎ合わせた先にある夢のカードだが、再び東京ドームを満員にする可能性のあるマッチアップといえよう。
 
今回、井上が日本人ボクサーとして初めて東京ドームのメインを務めたが、そう遠くない将来に日本人同士の世界戦でドームが満員になる日が来るかもしれない。

文/原 功(ボクシングライター) 写真/アフロ