国が変われば文化も風習も、宗教も違う。その中には、日本人からすると理解が及ばないようなものも珍しくない。

たとえばイスラム教の戒律などがそうかもしれない。飲酒はタブー、食事も口にしてはいけない食材が決まっている。イスラム圏の中には、最近まで女性が車を運転することが禁じられている国もあったし、戒律に背いた服装で外を歩いていないか監視する宗教警察を持つ国もある。そんなタブーだらけの社会で、人々はどう生きているのか?本当にタブーを全て守っているのだろうか。

◾️世界有数のイスラム国家・イランで暮らす国民のリアル

『イランの地下世界』(KADOKAWA刊)はイスラム教国の一つであるイランで、人々がどう暮らしているかを明かしていく。著者の若宮總さんは留学や仕事でイランに長く滞在していた人物だ。

イランもまた、法体系にイスラム法が組み込まれた国であり、大統領よりもイスラム法学者である最高指導者の立場が上にくる国である。私たちが持つ「イスラム」のイメージそのまま、飲酒はタブー、豚肉もタブー、同性愛は御法度、薬物は最悪むち打ち刑になる。

こうした戒律を現地の人々は律儀に守っているのかというと、そうではない。お上の目をかいくぐって…どころか「戒律なんぞ建前にすぎない」とばかりに、人生を楽しんでいるのがイランの人々なのである。

たとえばお酒に関しては、1979年のイスラム革命以前は飲酒が合法だったこともあって、首都テヘランのような大都市では、よほど敬虔なムスリムや体質的にアルコールを受け付けない人以外は、ほとんどの人が多かれ少なかれお酒をたしなんでいるのだそう。ただ、居酒屋や酒屋はないので、こっそりと売人とコンタクトをとって入手する。

また、イランにはバーグというブドウの産地があり、そこで育ったブドウでワインを自作する人もいる。この密造ワインは美味なことが多いのだそうだ。アラクという干しブドウを原料にした蒸留酒も親しまれている。

◾️同性愛が違法なイランに存在するゲイたちの溜まり場

一方でお酒よりもずっと宗教的、文化的に忌避感が強いのが同性愛と薬物である。イランでは同性愛は違法。発覚すると死刑になることもあるというから、恐ろしい。一般の人のLGBTへの差別意識も、日本と比べるとかなり強いようだ。

ただ、テヘランには「ダーネシジュ公園」という、有名なゲイの人々の溜まり場がある。出会いや売春を目的とする男性たちでごった返しているのだが、若宮さんによると彼らが摘発されたという話は滅多に聞かないのだそう。イランがLGBTに寛容な国ではないのは確かだが、窮屈な思いをしながらも彼らが生きていく道がないわけではない、というのがイランの現実なのだろう。

また薬物についても、表向き厳格に禁じられているようでいて、実情はイメージとは異なる。「20人に1人以上は何らかの薬物に依存している」とする統計があるくらい、イランは日本よりもはるかに薬物汚染が進んでいるのだ。

もともと、イランにはアヘン吸引の文化があり、今でも出回っているが、こちらは「おじさまの嗜好品」という位置付け、若者にはマリファナの方が人気なのだそう。こうした薬物は、「アウトローのたしなみ」というわけではなく、イスラム法学者たちが実はアヘンの上客だということは、イラン人の間で広く知られているという。どんなに禁止しても、当局の目を盗んでやる人はやる、というのはどんな国でも変わらないということだろう。

とかく禁止事項やタブーの多いイスラムの教えをイランの国民はどう考えているのだろうか。そして、そのイスラムを国の統治のために振りかざすイラン指導層に対して、国民はどんな感情を持っているのだろうか。

本書からは、大半がイスラム教徒であるイラン国民が必ずしもイスラムの教えを率直に信じているわけではなく、体裁や生活上の利便性といった様々な理由から敬虔さを演じていたり、イスラムの教えに幻滅していながらイスラムを棄教していない現実が浮かび上がる。イスラム世界の「建前」と「リアル」を知ることができる刺激的な一冊だ。

(新刊JP編集部)