年配の女性に飼われていた母猫と子どもたち、合わせて3匹の猫は、飼い主の死により外に放り出された。母子で身を寄せ合う、ねぐらもない緑道暮らし。その過酷さから子どもたちは先だってしまうが、母猫は必死にその日その日を生きた。ボロボロの母猫を見かけて、しあわせにしようと決意したのは、若い夫婦だった。家猫7年、外猫7年の「チャッピー」の保護に至るまでと、その後を、前編、後編の2回に分けてお伝えします。

(末尾に写真特集があります)

緑道で会った2匹の痩せた猫

 その日、けいさんは、夫のごうすけさんと都内のとある緑道を歩いて仕事場に向かっていた。ごうすけさんの建築事務所の一角に、けいさんは小さなパン工房を持っている。いつもは通らないのだが、出産前の体のために歩こうと思ったのだ。

 途中で、2匹の痩せた猫に出会った。2匹ともよく似た柄の大人猫だ。手前にいる猫が餌をねだるかのように近寄ってきた。奥にいる長毛の方は、年長で警戒心のつよい印象である。2匹はどうやら母と子のようだった

「こんな都会にも、ノラがいるんだわ」と、東北出身のけいさんは驚いた。外暮らしをふびんに思ったが、出産を控えているし、ペットは2匹までというルールの自宅マンションには、すでに実家から連れてきた2匹の猫がいる。この猫たちは薄汚れて痩せているけれど、きっと誰かに世話されているはずと考え、通り過ぎた。

2匹の白黒猫
薄汚れ、飼い猫だった面影はすでにない。手前が娘(けいさん提供)

 2匹のことは、けいさんの心のどこかに引っかかっていた。だが、長女の出産で、しばらく緑道を通ることもなく秋を迎えた。

 再びあの緑道を通ったのは、外に連れ出せるようになった娘をベビーカーに乗せ、親子3人で散歩を始めた頃のことだ。前に2匹を見かけた場所にさしかかった。2匹の姿はなく、花が手向けられていた。

 胸が痛んだ。どっちが亡くなってしまったのだろうか。2匹ともかなりヨレヨレだったから、もしかして2匹とも亡くなってしまったのだろうか……。

7年前に家を追い出された母子だった

 亡くなったのは長毛の母猫のほうではなく、娘のほうだと、散歩道で出会う人から聞いた。どんどん痩せていって、神社の境内で亡くなっていたそうだ。以前は母と息子、娘の3匹でいたが、息子は数年前に姿を消したという。ひっそりとどこかで死んだと思われる。

 さらに、母子のせつない過去をふたりは知る。

 もとは、お年寄りひとり暮らしの家で、母子3匹で7年くらい飼われていたという。時折外にも出ていたため、近隣の人は3匹のことをよく覚えていた。

 飼い主が亡くなったのは7年ほど前のこと。親族はすぐに猫たちを家から追い出した。その日から3匹は、通りかかる人に餌をめぐんでもらい、身を寄せ合って生きていくしかなかった。酷暑の日も、大雨の日も、酷寒の日も。

 当時の3匹が玄関先に餌をもらいに通っていた家の人が、母子が身を寄せ合う写真を撮っていた。3匹共、運命の激変に戸惑い、悲しげな目つきをして身構えるように写っている。その後、3匹は緑道に居場所を移した。そことて安心できるねぐらがあったわけではない。

3匹の猫の親子
家猫から、いきなり外暮らしとなった3匹。右が息子、左が娘(けいさん提供)

人間不信のために触らせなかった

 3匹をふびんがり、餌を運ぶなどの世話をする人は、何人もいた。だが、母猫「チャッピー」は、外に追い出されるや、人が触ろうとするとシャーッと威嚇していっさい触らせない猫になってしまった。子どもたちと自分のいのちを守るのに精いっぱいだったに違いない。

 ご飯をもらっていたのに3匹とも痩せていたのは、外暮らしの過酷さからだろう。けっして猫にやさしくない町ではないのに、3匹が居着いたエリアだけが猫嫌いが多かったようだ。

「ねぐらを作ってやる人がいても、すぐに撤去されてしまう。石を投げる人もいたようです。チャッピーは、『捨てられた』ことを自覚したのか、よほど怖い思いをしたのか、人間を信用できなくなるほど傷つき、生きてきたのでしょう」と、けいさんは言う。

外猫となった猫の親子
外に出されてすぐの頃。「ご飯ください」(けいさん提供)

 肩寄せ合って生きてきた息子と娘を失い、ひとりぼっちになったチャッピーは、相変わらず人間に絶対に心を許さず、痩せた体に大きな毛玉をいくつも作り、生きていた。歩くときに後ろ脚の動きがややおかしい。14歳はとっくに過ぎているはずだった。

 どこで寝ているのか、ふたりで後をつけていったら、マンションの床下のわずかな草むらがねぐらだった。

「なんとかしてやりたかった。でも、僕たちは猫の保護に関してまるで無知だったし、触ろうとすると容赦ない爪出しパンチが飛んでくるあの猫を保護するのはとうてい無理と思えました。なんとかしてやりたいと思っていた人は他にもいたと思います」と、ごうすけさんは言う。

 自分たちにできることはないだろうかと、ふたりは思いを巡らせ続けた。

 「猫の保護」に関していろいろネットで検索し、奄美大島の「ノネコ」を引き受けて譲渡につなげている人たちのことを知った。チャッピーの保護は無理でも、ノネコの預かりなら自分たちにもお手伝いできるかもしれないと、ふたりで譲渡会にも足を運ぶ。

 そこで知り合ったのが、「あまみのねこひっこし応援団」のメンバーで、ベテラン・ミルクボランティアの墨田さんである。

覚悟は決まった 保護しよう!

 預かりボラの申し出をする際に、ダメもとで、チャッピーのことを墨田さんに相談すると、すぐさま「預かりボラより目の前の猫の保護のほうが先。協力します。いっしょに行きましょう!」と、夫妻の背中を力強く押してくれた。

 迷いが吹っ飛んだ。チャッピーの残された猫生に責任を持つ覚悟が決まった。自宅には迎えられないので、事務所で養生させて、ゆっくり譲渡先を探せばいい。保護は無理とあきらめて、ある日、チャッピーが死んでいたら、自分たちはどんなに後悔するだろう。

 捕獲を実行する前日。けいさんは、チャッピーにご飯を与えながら、祈るような思いで話しかけた。

「あしたもここにいるんだよ」

 言葉がちゃんと伝わって、彼女が待ち合わせの約束を守ることを信じて。 

 いよいよ捕獲実行の日。駆けつけてくれた墨田さんは、元飼い猫とは思えぬチャッピーのボロボロぶりに息をのむ。間に合ってよかった。だが、賢く警戒心のつよいチャッピーは、餌の入った捕獲器を前に、絶対に中に入ろうとしない。

捕獲器の前の猫
捕獲器に入ろうとしないチャッピー。(けいさん提供)

 無理かとあきらめかけたが、保護のプロである墨田さんがアドバイスしてくれた奥の手で、見事に捕獲成功。おびえて大声で鳴くチャッピーに、けいさんは心の中でそっと語りかけていた。

「これからは、寒い夜に床下でひとりぼっちで眠ることも、人通りの多い場所で必死に餌をねだることもしなくていいんだよ。チャッピー、しあわせになろうね」

 今年2月1日。寒さまっ盛りの日だった。

◆つづきはこちら 後編「

家を失って人間不信になった母猫 新しい家族と出会い、再び甘え上手な家猫になった