法廷で「これでは死んでしまう」と証言した韓国ショートトラックの女王

法廷で「これでは死んでしまう」と証言した韓国ショートトラックの女王

2018年は例年以上にスポーツ界の暴力事件が社会問題となった年であった。

現場を取材していると、暴力はダメだという意識はかなり浸透してきたように思えていたが、まだ旧い体質から抜け出せない指導者が多いことに、暗澹たる思いがする。

五十歩百歩ではあるが、暴力問題に関しては、韓国の方がより深刻である。

様々な暴力事件が起きた中でも、平昌五輪の開幕直前に明らかになった、コーチ(チョ・ジェボム)による、金メダルの有力候補であった女子ショートトラックのエース・沈錫希(イム・ソッキ)に対する暴力は、大きな問題になった。

チョコーチは常習傷害などの容疑で起訴され、1審では懲役10月の判決を受け、現在控訴審の裁判が行われている。

12月17日、その裁判に被害者である沈錫希が証人として出廷した。シーズン中に、現役の韓国代表選手が、かつての指導者について証言すること自体、かなり勇気のいることである。

しかもその証言は、耳を疑うような内容であった。

沈が小学1年生でショートトラックを始めた時からチョ被告から暴行を受け、小学4年生の時には、アイスホッケーのスティックで殴られ、指を骨折したこともあったという。

こうした暴力は、年齢が上がるにつれてひどくなり、外部から見えない場所でボコボコにされることも多く、競技を辞める選手もいたという。沈自身、うつ病やPTSD(心的外傷)などで治療を受けている。


沈錫希は2012年にジュニアの世界選手権で優勝しただけでなく、シニアのワールドカップでも優勝。2014年のソチ五輪ではリレーの金メダルの他、銀メダルと銅メダルを1個ずつ獲得し、韓国の女子ショートトラックの看板選手として注目されるようになった。

ただ以前から、表情が暗いなと感じていたが、こうした暴力が原因なのかもしれない。

チョ被告の暴行は、平昌五輪が近づいても行われ、殴る蹴るの暴行により、沈は脳震盪まで起こし、「これでは、死んでしまう」と、思ったという。平昌五輪ではリレーで金メダルを獲得したものの、1500メートルの予選では、バランスを崩して転倒するなど、不本意な結果に終わった。

韓国指導者の暴力パターン

指導者の暴力には、いくつかのパターンがある。

まず、昔から続いている悪習だ。

愛のムチとか、気合を入れる、といったこともこれに該当する。

次に、これは韓国でよくみられることだが、指導者のストレスを、選手にぶつけるケースだ。

韓国は、個別のチームから代表チームに至るまで、成果主義である。結果によって、収入、さらに自分の立場も変わってくる。結果に対するプレッシャーも強い。

そのストレスを選手にぶつけるようになると、理性の糸が切れていることが多く、暴力も常軌を逸したものになりがちだ。

さらに今回の法廷で沈錫希は、暴行の理由の一つとして、特定の選手をひいきするためではないかという疑惑も提示している。

これについてチョ被告は、「個人的な感情で叩いたことはない。成長することを願っての間違った判断だった」と反論している。

脳震盪を起こすほどの暴行をして、選手の成長を願ってもないだろう。もちろん、沈の主張が正しいかどうかは分からない。けれども、今後も現役を続けていくにあたり、気まずくなることも覚悟のうえでの証言だけに、相応の根拠があるのだろう。

報道では特定の選手について、A選手などと匿名の扱いになっていたが、沈は法廷で実名を挙げたという。それに、韓国で沈錫希のライバルになる選手は限られており、匿名であっても誰のことかを推察するのは難しいことではない。

韓国のショートトラックでは昔から、韓国体育大系と非韓国体育大系の派閥争いは有名である。

トリノ五輪で金メダル3個を獲得するなど、韓国男子ショートトラックのエースであった安賢洙(アン・ヒョンス)は、派閥争いの激しさに苦しんでいた。

その後、故障が続いたうえに、所属チームも解散になり、行き場を失った。

そこでロシア国籍を取得し、ビクトル・アンとしてソチ五輪に出場し、金メダルを3個獲得した。

それに対して韓国の男子は、ソチ五輪ではメダルがゼロに終わっており、派閥争いの影響の深刻さに非難が集中した。

それでも、派閥争いというのは、なくすことは容易でない。

今回の件とどこまで関係があるのかは定かでないが、安賢洙は韓国体育大出身であり、沈錫希は韓国体育大に在学中である。

冬季五輪で韓国のメダルの大半はショートトラックから出ている。

コーナーリングなど、独特の技術で世界をリードしてきた韓国のショートトラックであるが、暴力と派閥争いは先行きを暗くしている。

韓国のショートトラックの危機は、韓国のウィンタースポーツの危機でもある。

(文=大島 裕史)

■初出:ほぼ週刊 大島裕史のスポーツ&コリアウォチング


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