明治末期から昭和中期を代表する文豪・谷崎潤一郎の不朽の名作を“男女逆転”アレンジで映画化した『卍 リバース』と『痴人の愛 リバース』の2作品が5月24日(金)より全国公開される。同性愛や不倫に溺れる異常で破滅的な情愛を赤裸々に綴った『卍 リバース』で主人公の妻・弥生を演じた中﨑絵梨奈さんに作品にかけた思いを聞きました。

文豪・谷崎潤一郎の不朽の名作を“男女逆転”アレンジで映画化した『卍 リバース』で主人公の妻・弥生を演じた中﨑絵梨奈

濡れ場シーンでは、女優としての心意気を見せられたと思う

――谷崎潤一郎の作品を読んだことはありましたか?

中﨑絵梨奈(以下、中﨑)「この作品のオーディションに参加するにあたって、初めて『卍』を読ませていただきました。純文学を読むこと自体が初めてだったので、普段、慣れ親しんでいる小説とは全く別物で。感情などの表現もストレートでむき出しな感じに戸惑いながらも、文字から伝わってくる感情に圧倒されながらその世界観にハマりました」

――今回、役が決まったときはどんな気持ちでしたか?

中﨑「私は映画のお仕事をメイン(キャスト)でやらせていただくのが、今回初めてだったんです。しかもオーディションを受けて役をいただけたのが初めてだったので、めちゃくちゃ嬉しくて、ちょっと泣きましたね(笑)」

――映画に力を入れていきたいなと思ったタイミングでの抜てきだったということですか?

中﨑「はい。去年の4月くらいまで舞台に立っていて、それまでは舞台のお仕事が多かったんです。ゆくゆくは舞台だけでなく、ドラマも映画もいろいろできる女優になりたいと思っていました。そこから映画のお芝居のワークショップなどに通い始めて、夏過ぎにこのオーディションがあって。『映画もできる女優になるぞ』という決意とともに受けたオーディションだったので、『(役を)勝ち取った』という気持ちが強かったですね」

――宝来忠昭監督がメガホンを取るという部分も魅力だったとお伺いしています。

中﨑「宝来監督の作品はいろいろ拝見していて、どの作品も大好きなんです。そんな監督が、人間関係が交錯した『卍 リバース』の世界観をどういうふうに演出するのか全く想像がつかなかったので、とても楽しみでした」

――主人公の妻・弥生を演じた中﨑さん。役を演じるにあたって多くの葛藤があったと伺いましたが、どのように役作りをしていったのでしょうか?

中﨑「リハーサルの時から考えすぎたりしてしまって、ちょっとよくない方向にいってしまった瞬間なんかもあって。映画でメインの役をいただいたのが初めてだったということもあり、意気込みだけが空回りしてしまったんですね。撮影期間中も、うまく演じることができずに泣いてしまったこともありました。ですが、スランプに陥るたび、監督が『今、どんな気持ちでやってる?』と声をかけてくださって、2人で話す時間を作ってくれたんです。『僕はオーディションで(君なら)できると思ったし、やってほしいと思って選んだのだから、何も気負わず思った通りに演じてくれたら大丈夫』と言っていただきました。準備期間から、監督がずっと気持ちの上で寄り添ってくれたので、本当に初めてメインを務める映画が宝来監督の作品でよかったなと改めて思っています」

――弥生という女性はどのような人物だと思いますか?

中﨑「職業が弁護士ということもあり、この作品のメインキャスト4人の中で一番まともで常識的な人間なんです。けど、そういう真っ当な人生を歩んできた人が不倫や同性愛に巻き込まれて、ある日突然プツッと糸が切れてしまって“まともな価値観”なんてどうでもよくなって堕(お)ちていってしまうんですね。私達の日常でも状況は様々だけれど、まともでいることに気を張って生きていて、ある日突然、全部どうでもよくなってしまうような感覚ってあり得ることだと思うので、弥生に共感してくださる方は多いのではないかと思います。ある日突然、自分もこんなふうになってしまうかも……と感じてもらえたら嬉しいし、私自身もそういう怖さを感じながら役に入っていました」

――弥生を演じる上で大切にした部分は?

中﨑「普通でいることですね。世の中の皆さんが普段接している人のような“普通の人”が堕ちていく、その落差を出すことを大切にしていました」

――今回は官能的な濡れ場シーンも作品の重要な要素となっています。

中﨑「オーディションの時点である程度内容は把握していました。私自身、濡れ場自体にめちゃくちゃ抵抗があるとか、そういうわけではないんです。というと、ちょっと語弊(ごへい)がありますが(笑)。作品として求められていることをちゃんとやっていきたいという気持ちのほうが勝っていましたね。映画で初のメインキャストとして参加できた作品で、自分なりに覚悟を持って現場に挑んでいたので、女優としての心意気を見せることができたんじゃないかなと思います。自分でも作品のためなら、ここまで振り切れるんだっていう幅を感じることができたのが新しい発見でした」

多様性とか関係なくみんながそれぞれの形で幸せになればいい

――キャストの皆さんと現場ではどのようにコミュニケーションを取っていたのでしょうか?

中﨑「短い期間にギュッと凝縮して撮影をしたんですが、お弁当の時間はよく3人でおしゃべりしましたね。(園田幸太郎役の)鈴木(志遠)くんも(宇佐美光役の)門間(航)くんも普段はすごくゆるい雰囲気なので、一緒にいるのが心地よかったですね。後半、海ロケがあったのですが、物語の中でも『周りは気にせず自由に生きていこう』と決意する場面の撮影だったこともあって、撮影後もみんな心を開放して海辺で遊んでいたことが印象に残っています」

――『卍』という小説は『痴人の愛』と同様に、日本の映画史の中で何度も映画化されてきた作品です。その作品が男女逆転という今の時代らしいアレンジを加えて世に送り出されることについてどう思いますか?

中﨑「物語が男女逆転の“リバース”になったことで、よりたくさんの方に受け入れられやすい作品になったかなという思いはあります。完成した作品も見たのですが、映像もすごくキレイで叙情的なんです。今はこの作品に描かれている同性愛も受け入れられやすい時代だし、この作品を観ることで同性愛について考えたり、理解を深めるきっかけになったらいいなという思いもあります。不倫に関しては、また別の問題ではあると思いますが、多様性の時代にふさわしい作品だと思います」

――夫である園田孝太郎が宇佐美光と身体を重ねていることに気がついた時に弥生が「これは不倫なのかな?」とつぶやくシーンが印象的でした。つまり同性愛は不倫になるのかどうかということなのですが、弁護士である弥生らしい言葉だなと思いました。

中﨑「弥生の中では夫に不倫された、という感覚ではなかったんですよね。夫に同性の恋人がいても別れたいわけではなくて。自分とも関係が続けられるのなら3人で幸せになればいいと思っているんです。つまり3人でいることが愛だと思っているんですよね。弥生を演じながら、世の中とか多様性とか関係なく、みんながそれぞれ好きな形で幸せになればいいんじゃないか、という気持ちになりましたね。形にとらわれる必要はないんだって、自分の中でも愛の幅が広がった気がします」

文豪・谷崎潤一郎の不朽の名作を“男女逆転”アレンジで映画化した『卍 リバース』で主人公の妻・弥生を演じた中﨑絵梨奈

――弥生は園田と結婚しなければ真っ当な人生を歩めたと思うのですが、やはり園田と出会えてよかったと思いますか?

中﨑「弥生にとって、園田はそばにいてほしい存在だったんですよね。弥生から見て可愛い部分もいろいろあったし、どんな結末を迎えたにしろ、やはり園田と結婚してよかったと思っていると思います」

――弥生という役を脱ぎ捨てて、中﨑さん自身が一番惹かれる登場人物はどなたですか?

中﨑「園田ですね。光はちょっと危険すぎる(笑)。20代だったら光くんって言っていたかもしれないけれど、今の私にはふんわり包みこんでくれる園田のほうが一緒にいたい存在ですね」

――この作品では「愛」と「欲」が描かれているのですが、その境目はどこにあると思いますか?

中﨑「難しいですよね。3人の愛はやはりどこかいびつな感じはしますよね。光に関しては自分のことばかりで欲だらけのような気がするし、園田は園田で『どっちも好き』という曖昧さが愛と欲の間で揺れ動いているような印象。弥生は愛だけのようなイメージですね。光の欲と弥生の愛に挟まれた園田がどう動くのかというところがまた見どころなのかなという気がします。3人とも違うベクトルで向き合った結果、感情が混ざりあい、溶け合って最後のシーンに繋がっていくと思うので、その感情の動きにも注目していただきたいです」

愛って……と語ってる自分が恥ずかしいです(笑)

――この作品のラストはハッピーエンドだったのでしょうか?

中﨑「弥生にとってはハッピーエンドだったと思いますけどね。弥生を離れて客観的に観ると、たどり着きたくない結末だったような気がします。どこかで引き返せるタイミングがあったんじゃないかなって。観ていただく方々には、なぜこの選択肢を選んでしまったんだっていうのを感じてもらえたほうが、この作品の存在意義が生まれるのかなと思います」

――週刊誌にスクープされるシーンなどがあり、この結末にはかなり周りの目というのが大きく関わっているんじゃないかと感じました。

中﨑「そうですね。今の社会でもSNSでさらされたりすることもあって、常にみんなが周りの目を気にして生きている状態だと思うんです。この作品を観ることで周りも変わっていかなくちゃいけないんだっていうのを感じてもらえたらいいですね。他人が干渉しなければ、結末は変わっていたかもしれないので」

――こういう作品に参加して、改めてご自身にとっての「愛」とは?

中﨑「行き過ぎると怖いなという思いはあります(笑)。『愛』だけではないけれど、みんなコップの水が満杯の状態で生きていて、何かのきっかけで溢れてしまうともう止められないんだなというのを感じました。溢れてしまったほうが人の感情としてはラクになれるのかもしれないけれど、やはりそこは溢れさせないようにうまく生きていけたらいいのかなと。それは自分自身だけでなく、みんなが助け合ってうまく生きられたらいいのかなって」

――ご自身の中で、コップの水がいっぱいいっぱいだなと感じたときはどのように対処していますか?

中﨑「1つのコップだけだと溢れてしまうので、コップをいろいろ用意しています。例えば、仕事だけだと煮詰まってしまうので、自分の時間を作ってみるとか。執着することを一つに絞らないようにすることが対処法ですね」

――弥生は、物語の中で大きな愛で3人を包みつつも、園田に執着するあまり、ヤキモチを焼いたり、様々な感情に揺れ動いている姿が印象的でした。ご自身にとっては愛とヤキモチの境界線ってどこにあると思いますか?

中﨑「愛って……と語っている自分が恥ずかしいです(笑)。(仕切り直して)愛って、見返りがなくても相手のためにしてあげたいという気持ちで、してあげること自体が幸せだと思うんです。ヤキモチはなんでしてくれないの、と相手に求める気持ちなのかなと思います。自分がいっぱいいっぱいになっちゃうと、嫉妬や憎しみが生まれるのかなと思うし、弥生もそうなっていったのかなと思います」

若いうちにたくさん恋愛をしてたくさん傷ついておいたほうがいい

――完成した作品を観た感想は?

中﨑「私がいないシーンも多かったので、純粋に作品として楽しめました。その上で改めて愛ってすごいなと。それぞれの愛が存在していて、いびつではあるけれどキレイだなと思いました。感情のまま生きられるのって羨ましい。すべてを捨てて愛に走っていける姿が羨ましかったかもしれない。普通ならできないですからね。こんな生き方ができたら、破滅に向かうとわかっていても本人たちは幸せですよね」

――smart読者にはこの作品をどのように楽しんでほしいですか?

中﨑「映画デートで観るには難易度が高いのかなと思いつつ(笑)、そんなに深く考えずに観てほしいですね。その中で何かちょっとでも感じていただけたらいいですね。観る人によって、心に残ることが違う気がするので、何を感じたのかそれぞれの感想をお伺いしたいです」

――最後に、弥生を演じた経験を活かして、smart読者に恋のアドバイスをお願いします。

中﨑「自由に恋愛して、今のうちに辛い経験をたくさんしておいたほうがいいと思います。歳を重ねてから辛い恋愛をすると立ち直れなくなってしまうので、相談できる仲間がいる若いうちにたくさん傷ついて後悔もいっぱいして、人の痛みがわかるようになったときに素敵な人と出会えたらいいなと思います」

(了)

文豪・谷崎潤一郎の不朽の名作を“男女逆転”アレンジで映画化した『卍 リバース』で主人公の妻・弥生を演じた中﨑絵梨奈

Profile/中﨑絵梨奈(なかざき・えりな)
1993年6月8日生まれ、福岡県出身。2019年Chubbiness(チャビネス)卒業後、女優としての活動を本格化。数々の舞台や映画・ドラマに出演し、昨年末には朝日放送系『相席食堂』に出演し話題となった。主な出演作に映画『鯨の骨』『クロガラス0』、ドラマ『仮面ライダーゼロワン』(EX)『あなたに聴かせたい歌があるんだ』(Hulu)など。
中﨑絵梨奈Instagram:@chu_erina
中﨑絵梨奈X:@Chu_erina_avex

『卍 リバース』概要

5月24日金曜日よりシネマート新宿、池袋シネマ・ロサほか全国順次公開!

出演:鈴木志遠、門間航、中﨑絵梨奈、田中珠里ほか
原案:『卍』谷崎潤一郎
監督:宝来忠昭
脚本:宝来忠昭、藤村聖子

STORY
サラリーマンだった園田(鈴木志遠)は、画家になる夢を諦めきれず、脱サラして美術学校に通っている。家計は弁護士である妻の弥生(中﨑絵梨奈)に頼りきりだった。そんな中、学校ですれ違う美しい青年・光(門間航)を目で追うようになり、デッサンのモデルとして光を家に招く。そして自然と身体を重ね、その後も度々逢瀬(おうせ)を繰り返すようになる。その一方で夫婦生活は散漫になっていった。弥生からの誘いを断り、光との情事に溺れる中、光には香織(田中珠里)という婚約者がいることが発覚する……。無機質な病室のベッドで園田が担当医に語り始める。これはまだ、愛憎で絡み合う男女が辿る数奇な運命の序章に過ぎない。この愛と欲の結末とは……。

映画公式URL  https://manji-re.com

写真=大村聡志
インタビュー&文=佐藤玲美