1−2の敗戦で試合終了のホイッスルが鳴ると、AZアルクマールの日本代表DF菅原由勢は思わずその場に座り込んでしまった。

 5月11日に敵地で行なわれた欧州カンファレンスリーグ準決勝・第1戦のウェストハム戦。試合はアウェーのAZが42分に先制するも、66分にPKで同点に追いつかれると形勢が逆転した。ホームサポーターの大声援を受けたウェストハムの勢いに押されるように、AZは76分に逆転弾を許し、第1戦を1−2で落とした。

 その悔しさからか──。試合後、AZの選手たちがサポーターの元に挨拶に向かっても、日本代表DFは立ち上がれずにいた。最後はコーチに起き上がらせてもらって腰を上げ、ひとり遅れてサポーターへの挨拶に合流した。

 試合後の取材エリアでは「ショックを受けていたのか」と質問が飛んだが、菅原によると、プレミアリーグ特有の強度の高い試合で疲労困憊だったと言う。日本代表は、4−2−3−1の右SBとして先発フル出場。ウェストハムの速さ、強さに体力を使い、しばらく立てなかった。

「久々に強度の試合をしたというか。もちろんオランダでも、アヤックスやPSVなど強度の高い試合はありますけど、それとはまた違う試合でした。カウンターの怖さも含め、ウェストハムはスピードが違った。

 1回1回のプレーで自分が120%の力を出さないと、止められないような選手しかいなかった。対応にすごく頭を使いましたし、そのための準備もしてきました。(ショックというより)疲れのほうが大きかったです」
 
 チームとしても、ウェストハムとのプレー強度の差、体力の差を肌で感じたという。

「前半に良い形から点を取れたが、後半の進め方を含め、相手のほうが一枚も二枚も上手(うわて)だった。後半終盤を見れば分かるように、僕らが前線にFW1人を残し、残りのほぼ全員で守ってカウンターをしようとしても、そのFWを追い越して前に行く選手がいない。こちらが疲れ切っていても、ウェストハムはまだ走るんでね。強度の違いは、後半のラスト20分ぐらいでかなり感じました」

 それでも、前半はAZが優勢だった。ボールを保持しながら敵陣に押し込み、42分に味方の鮮やかなミドルシュートで先制。右SBの菅原は、大外のタッチライン際でパスを受けたり、偽SBとして中盤の内側レーンに入ってパスコースを増やしたりと、巧みなポジショニングでスムーズなポゼッションに寄与した。

 興味深かったのは、その位置取りだった。大外の位置をキープしてパスをもらう時もあれば、中に入ってボールを受ける時もある。その動きに規則性は見えない。

 三笘薫の所属するブライトンでは、ビルドアップの形が決まっており、日々の練習の中でそれぞれのポジション取りを刷り込ませている。そのためブライトンではSBの位置取りに一定の規則性が見えるが、対するAZの場合は、特定のパターンがあるわけではないという。

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 日本代表の3月シリーズで偽SBとしてプレーする場面もあった菅原は、AZのビルドアップ、自身のポジション取りについて次のように説明する。

「特にこれといったパターンがあるわけではありません。ウェストハムが、どうやってくるかというところ(でやり方を変える)。ウェストハムが『守備時にマンマークで来る』、『4−4−2のオーソドックスな形で守ってくる』という見立てをチーム内で事前につけていました。そのなかで、ビルドアップでSBを変形させる狙いでした。

(記者:大まかな枠組みだけ決まっていて、試合の中で選手たちが個々で判断しているイメージか?)そうですね。僕らはあまり戦術的な練習をピッチでやらず、ミーティングで話をしているので。ボードを使いながらミーティングで話して(イメージを共有する)、という感じです」

 低い位置でのビルドアップ時はボールに絡んだ菅原だが、攻撃参加で高い位置まで走っても、良い形でパスが入る場面は少なかった。今季チーム最多の8アシストを記録している日本代表は、巧みなクロスと足技でゴールを演出するAZのキーマン。しかし右サイドを駆け上がったり、インナーラップで前線まで走っても、味方からパスがあまり出てこなかった。
 
 本人によると、ハーフタイム、それから試合中も「『自分にパスを出せ』と何回も伝えていた」という。

「オーバーラップしても、ボールが出てこないシーンがあった。パスを出さなかった選手には『来週の第2戦で、パスを出さんかったら、試合中に削りに行くからな』と冗談で言いました(笑)(※記者も笑う)。それは冗談として、諦めずに走り続けたら、僕にボールが来るかもしれないし、パスを出さなかった選手が点を決めてくれるかもしれない。だから(走り)続けるだけと思っています」

 一方の守備面では、アルジェリア代表FWサイード・ベンラーマとのマッチアップに奮闘した。80分にはベンラーマを後方から追いかけ、身体を上手く入れてボールを奪った。だがその3分後には菅原と味方の間をパスで通され、ワンツー突破からピンチを招いた。プレミアでも1対1の上手さに定評のあるアルジェリア代表との対決について、菅原は次のように振り返る。

「良い選手でした。駆け引きをしっかりし、1対1を仕掛けてくる選手だった。試合前に彼のドリブル映像をかなり見て、どういう守備をしようかと対策は練っていました。だけど、やっぱり画面上で見るのと、いざ対峙するのとでは、全然違う。やっぱり怖い選手だなと思いましたし、すごくやってて楽しかったです」

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 印象的だったのは、第1戦を落としたものの、菅原にもチーム全体にも悲壮感がなかったこと。試合後、時折笑顔を見せながらオランダメディアの取材に応じるAZの選手の姿もあった。菅原は、第1戦の位置づけを次のように話す。

「1点差で終えたのは、僕たち全員がポジティブに捉えている。試合内容を見ても、改善するところはありますけど、そこがはっきりしてる。しっかり突き詰めていけば、ホームで自分たちのサッカーができる感覚はある。ホームだったら全然ひっくり返せる自信もある」

 そのせいだろう。第1戦を終えた菅原から伝わってきたのは、溢れるばかりの充実感だった。第2戦に向け「次の試合に勝って、決勝に行きたい」と気を引き締めながらも、「こういうレベルの高い相手とやれて、僕自身すごく楽しかった。楽しい90分だったし、やっぱりこういう舞台に行きたいと思いますね」と目を輝かせた。

 会場となったウェストハムの本拠地、ロンドン・スタジアムの雰囲気について尋ねた時も、菅原の様子は一緒だった。22歳の若きサムライは「(攻勢なのが)ウェストハムでもAZでもない時に、あのような大合唱をされると、なんか変に僕らのペースが乱されている感覚があった。凄いなと思いました。ウェストハムのサポーターが審判を煽っていたのも、プレミアっぽいなと。芝生も綺麗。オランダでは、あんな綺麗な芝生は滅多にないので。世界最高のリーグである理由が分かった」としみじみと語っていた。

 そこで、ひとつ質問してみた。チームメイトのMFヨルディ・クラーシに、プレミアリーグ在籍時代について話を聞いたことがあるか、と──。AZの31歳セントラルMFは、2015〜17年にサウサンプトンでプレーし、吉田麻也(現シャルケ)と共闘した経験がある。菅原は、クラーシとのやり取りを次のように明かした。
 
「彼は『プレミアは全てが違う』と言いますね。ピッチ内のレベル、個人の質だけでなく、サポーターやスタジアム、施設の全てが違う。『行けば、全てが最高と言われる理由が分かる』と聞いています。

『言葉で言うのは簡単だが、あそこには行ってみないと分からないものがある』と言っていて。プレミアリーグでは毎週、凄い選手とやるわけじゃないですか。だから『緊張感がある。毎試合気が抜けない。1シーズンやり抜くだけでも相当タフだよ』と。

 そういう話を聞いてると、自分もチャレンジしたくなる。サッカーをやっているからには、最高の舞台を目ざすのは選手として使命だと思うし、僕の目標でもある。彼の話に刺激を受けていますね」

 ウェストハムとの第1戦を落としたのは、たしかに悔しい。だが、ホームでの第2戦に向けて手応えも感じた。

 その第1戦ではベンラーマとのマッチアップを「楽しかった」と振り返り、ウェストハムのプレーに「120%の力を出さないと止められない」と舌を巻いた。こうした経験の全てが、菅原にとって成長の糧になっている。

 そして急成長を遂げている22歳の日本代表が目ざすのは、クラブ史上初となる欧州カップ戦のタイトルだ。常に高みを目ざす菅原は、まずは決勝進出を果たすために第2戦で全力を尽くすと誓った。

取材・文●田嶋コウスケ

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