「名将」
 
 その表現で、誰を思い浮かべるだろうか?

 欧州王者になったことがある監督は、その枠に入れて文句はないだろう。ジョゼップ・グアルディオラ、ジョゼ・モウリーニョ、ジネディーヌ・ジダン、ユルゲン・クロップ、カルロ・アンチェロッティ…彼らの名声は世界中に轟いている。また、マルセロ・ビエルサ、ディエゴ・シメオネ、マウリツィオ・サッリ、ユリアン・ナーゲルスマン、マヌエル・ペジェグリーニなども際立った個性のある指揮官と言える。

 しかし、国際的な知名度は低くても、名将に値する監督は他にも大勢いる。

 今シーズン、急遽セビージャを率いることになったホセ・ルイス・メンディリバル監督はその典型だろう。今年3月、降格圏で喘いでいた名門を率いると、安全圏に浮上させ、危機脱出に成功。あまつさえ、ヨーロッパリーグではマンチェスター・ユナイテッドとユベントスを連破し、決勝進出に導いている。

 メンディリバルは約30年間の監督歴を誇るが、しっかりとユース年代の指揮で実績を積んだ後、3部、2部のクラブを実直に率いて成果を上げ、1部の下位クラブを強くした。華々しい経歴ではない。しかし、バジャドリーを1部に昇格させ、オサスナを1部に残留させ、エイバルを1部で戦えるクラブにするなど、称賛に値するキャリアだ。

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 特にエイバルを6シーズン、1部で戦わせた采配は特筆に値する。日本人MF乾貴士の力を見抜き、徐々にフィットさせて言った指導力には、日本人として感謝するべきだろう。スペイン国内では日本人選手に対する色眼鏡がまだ残る中、それを取っ払って長所を引き出した手腕は見事だった。選手をイーブンに見られない監督も少なくない。

「ピッチでのプレーは常に変化する。しかし、一つだけ決して変わらないものがある。それはゴールの位置だ」

 メンディリバルはこんなメッセージを麾下選手に送る。当たり前のことを言っているようだが、ピッチに立つ選手たちは意外なほどに混乱するだけに、現場では染み込んでくるという。ゴールは一つであるべき場所にあるわけで、それはどれだけ両軍の選手が激しく動こうとも絶対に変わらない。攻める時も守る時も基本軸はゴールで、そこが一番大事な場所なのだ。

 バスク人監督であるメンディリバルは質実剛健で、とにかくプレーを簡潔にする。分かりにくい戦術用語など使わない。解説者のように物知り顔で御託を並べても、選手に伝わらないことを心得ている。複雑であるサッカーを単純にすることが、監督として一番の仕事なのだ。

 そこに行き着いた監督は、名将と言えるだろう。

文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。