2023年、J3はアスルクラロ沼津の中山雅史監督、SC相模原の戸田和幸監督を筆頭に、日本代表としてワールドカップ(W杯)を経験している有名指揮官が数多く名を連ねている。

 とはいえ、これまで代表レジェンドがJリーグの舞台で成功した例は少ない。目覚ましい成果を挙げているのは、サンフレッチェ広島でJリーグを3度制覇し、日本代表監督としても2022年カタールW杯でドイツ、スペインを撃破する快挙を成し遂げた森保一監督と、ガンバ大阪で3冠、FC東京でもルヴァンカップを獲った名古屋グランパスの長谷川健太監督くらい。現実はかなり厳しいと言っていいだろう。

 福島ユナイテッドFCで2年目の服部年宏監督も「理想と現実のギャップ」に苦しんでいるというのは前回も書いた。が、彼なりに師事してきた指導者の良い部分をミックスしながら、「服部色」を出そうと奮闘している。

「日本代表時代は岡田(武史=JFA副会長)さんや(フィリップ・)トルシエ(ベトナム代表監督)、ジュビロ時代も個性豊かな監督の下でやってきましたけど、そういう指導者と全く同じような伝え方をすればいいわけではない。選手の個性やバックグラウンド、レベルに応じた指導法があると思っています。

 僕は現役時代の終盤にガイナーレ鳥取やFC岐阜に行きましたよね。その時の経験がすごく大きいんです。激しく鼓舞したり、怒ったり、要求したりするだけじゃ伝わらないことも多かったし、相手のキャラクターや考え方などによって話し方や言い方を変える必要があった。今の福島でもそうなんです。いろんな環境に行って、さまざまな出会いをしたことで、僕自身、昔より少しは優しくなったのかな」と服部監督は笑顔を見せていた。
 
 代表やジュビロ磐田時代の服部監督を思い返してみると、言うべきことをハッキリ言うタイプで、チームメイトと意見をぶつけ合う場面も少なくなかった。特にトルシエジャパン時代は、松田直樹、森岡隆三(清水エスパルスアカデミーヘッドオブコーチング)戸田、中村俊輔(横浜FCコーチ)といった自分の意見を堂々と口にする選手が揃っていたため、服部監督が語気を強めても全く問題なかった。

 しかしながら、今の若い世代はメンタル的に繊細で、自己主張をしないと言われる。その反面、サッカーにまつわる情報を沢山持っていて、頭でっかちになりがち。少しプライドの高い部分もあるだろう。そういった傾向を踏まえながら個々と向き合い、良さを伸ばしていくのが指導者にとって重要なのだろう。

「福島で教えるようになって感じるのは、自己評価が意外と高いという点。それを指摘されて、素直に受け入れて取り組み方を変えたり、自分の足りない部分に気づくような選手は伸びていきますね。昨季だと橋本陸(相模原)なんかがそうでした。グッと成長してくれると僕も嬉しくなるし、やりがいも感じる。そこが指導者のだいご味なんだと思います」と服部監督は顔をほころばせる。

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 今は監督業に邁進しているが、彼が2013年に古巣・磐田の強化部長に就任し、セカンドキャリアに踏み出した際には、そちらの方向に進むと考えた人も多かっただろう。

「いずれは鹿島アントラーズを常勝軍団に引き上げた鈴木満・元強化部長のようになるのではないか」という見方をする関係者も少なくなかった。それだけに、こうして地方のJ3クラブに赴いて、現場で奮闘する姿は意外にも映るのではないか。

「監督は前々からやってみたかったんですよ。ジュビロの強化部門で働いていた時は、サッカークラブの仕組みや強化・補強の難しさ、限られた予算の中でベストチームを作るお金の使い方、外部との関わり方を大いに学ばせてもらいましたけど、やっぱり現場を預かって、選手とともに戦っていくことが一番だなと感じたんですよね」と本人は本音を吐露する。

 それでも、強化部の側に立って予算と折り合いをつけながら、可能な限り強いチームを作っていくというアプローチができる指揮官はそれほど多くない。今季J3で言えば、松本山雅FCの霜田正浩監督もそういった例に該当するが、服部監督も総合的なマネージメント力を持つ部分が1つの強みになっているはずだ。
 
「クラブが目ざす方向性を視野に入れつつ、『自分のスタイル』を確立させて、そのうえで結果を出せば、監督としても一定の評価を得られるのかと考えています。Jリーグ30年が経過し、長年、複数クラブを率いているベテラン監督が何人かいますけど、そういう人には『自分の色』があるんだと思います。

 今の福島の場合、現場のことだけを考えていればいいわけじゃなくて、スポンサーやメディアからの依頼に応じて選手を協力させたりしなければいけないこともある。地方クラブには独自の事情もありますし、そこに協力しながら、チームを強くしていくのも僕の仕事なんですよ」

 しみじみとこう語る服部監督は今、『クラブファースト』を忘れずに、現場をマネージメントしている。“農業部”の活動協力はその一例。東日本大震災後の農業の風評被害解消のため、2012年から手掛けているこの活動では、リンゴ、ブドウ、桃、洋ナシ、アスパラの栽培のため、選手数人が5〜11月にかけて午後の数時間、畑仕事や収穫、発送などの作業に駆り出される。

 5月20日の天皇杯1回戦・ノースアジア大戦(4−0)直前も、リンゴ部長の大武峻らが作付け作業に出向いたという。

 J1クラブの感覚であれば「練習後に選手が肉体労働をすれば、フィジカルコンディションに支障が出る」という危惧を抱くだろう。が、地方クラブには地域活性化のためにアクションを起こさなければいけないこともある。

 服部監督もそういった事情を理解しながら、チーム強化を進めている。この経験は「服部色」の確立につながるはずだ。人としての視野や経験値が広がった指揮官の今後の逆襲が楽しみでならない。(次回に続く)

取材・文●元川悦子(フリーライター)

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