ルヴァンカップのグループステージ第5節・ヴィッセル神戸戦で、来季からの名古屋加入が内定している関西学院大4年の22歳MF倍井謙がプロデビューを飾った。

 名古屋の下部組織出身である倍井にとって、豊田スタジアムで慣れ親しんだユニホームを着てピッチに立てたことは大きな瞬間であり、喜びもひとしおだったのは想像に難しくない。だが、感慨に浸ることができたのは一瞬で、彼は強烈な危機感を抱いて大学に戻ってきた。

「内定した若い選手と言えど、あのメンバーの中では年齢的には中間より上。第一歩を踏めたことは大きいですが、それ以上にやはり即戦力になっていかないといけないと思いました」

 この試合、CBには20歳の吉田温紀、17歳の長田涼平、左右のウイングバックには19歳の甲田英將と18歳の鈴木陽人、倍井とインサイドハーフでコンビを組んだ豊田晃大は20歳。2トップには17歳ですでにリーグデビューを果たしている貴田遼河、そして同じ内定選手で同い年の榊原杏太(立正大)と、ピッチ上にいるスタメンの11人中6人が年下で、しかも下部組織の後輩という状況だった。

「自分より若い選手がきちんと自分の持ち味を出していたし、なかでも貴田選手はものすごいインパクトを与えている。じゃあ僕は何を持ってインパクトを与えられるのか。そう考えた時に武器はドリブルだけど、その使い方をもっと広げないと即戦力にはなれない。それに来年はもうパリ五輪があると考えると、僕には余裕を持っている時間がないんです」

 今年に入って倍井は新たなるチャレンジをしている。それがまさにドリブルの使い分けだ。
 
 昨年まではサイドからの突破、特にカットインをしたがる傾向があり、中央にスペースがある状況でもサイドに開いてボールを受けに行ってしまったり、周りが動き出しているのにそのままドリブルで時間をかけてしまったりと、プレーが若干パターン化してしまう兆候があった。

 それでも複数人をかわしていく突破力は能力の凄まじさを表わしているが、劣勢に立たされた時や、テンポを変えたい時には単調になってしまう危険性を秘めていた。

 それに対し、本人も「好きなところで受けて、仕掛けて突破というスタイルは行き詰まりを感じていた」と徐々に自覚し始めていた。

「どうすればいいかと考えた時に、仕掛けるドリブルと運ぶドリブルを使い分けていくべきだし、シンプルに行くところは周りを使って、リターンを受けてフィニッシュなど、前への推進力を出す方法を複数考えるべきだと思った」

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 4年生になった今年、ある転機が訪れた。関西学院大において倍井は4−2−3−1のトップ下を任された。それまではチームと大学選抜でサイドハーフが主戦場だったが、真ん中にポジションを移したことで、意識の変化に拍車がかかった。

 中央からの仕掛けにプラスして、ボランチのサポートや落ちながらボールを受けるシーンが増え、ワントップや両サイドに対してドリブルで運んでから攻撃のスイッチを入れるパスを出したり、プレスバックからの展開で前を向いてビルドアップに関わったりと、試合を重ねるごとに攻守を繋ぐ仲介役として、自分の武器を発揮するという手応えを掴んでいった。

 5月27日に行なわれた関西学生リーグ1部の京都産業大戦。首位を走る関西学院大にとって、2位につける京産大との重要な首位決戦で、トップ下に入った倍井は運ぶドリブルと突破のドリブルを巧みに使い分けて、攻守の橋渡し役とラインブレイクの役割をきっちりとこなした。

 特に目を引いたのが、落ちてからボールを引き出して前を向く動きの質の高さだ。ボランチやディフェンスラインからのパスを受ける時に、鋭い身のこなしで180度のターンをして前を向いたと思えば、一度膨らんで角度をつけてから落ちて、そのままボールを巻き取るようにして斜め前のドリブルに入っていく。

 壁にあたりながらも考え、課題意識と創造力を組み合わせて導いたプレーは、倍井にとって新たな付加価値を生み出すものであった。
 
「最近のグランパスの試合を見ていると、守備に比重を置いて、攻撃は前の3枚(キャスパー・ユンカー、永井謙佑、マテウス・カストロ)で完結することもある。そのなかで後ろと前の仲介役としてこそ、自分の持ち味を発揮できるのではないかと思っています。

 ボランチラインまで落ちて、ボールを受けて前を向いてドリブルで運んだり、ボランチと関わりながら前にボールを運んだりと、自分の前への推進力を大学でもっと磨いて、プロの世界でも武器の1つとして発揮することこそが、自分の目標達成に向けての道筋になると思っています」

 もちろん突破のドリブルに対する思いを捨てたわけではない。

「多彩なアプローチをして、そのうえでラインブレイクの時に一気に自分の力を解放できるような選手になりたいと思います。僕の中で今年、どれだけインパクトを残せるかが勝負だと思っています」

 名古屋で即戦力としてチームに貢献し、パリ五輪という1つの目標を達成するために。倍井はなるべき自分を明確に捉えて、日々前進を続けている。豊田スタジアムで主役となる自分を思い描きながら。

取材・文●安藤隆人(サッカージャーナリスト)

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