今年から昌平高で指揮を執っている玉田圭司監督。彼は高校サッカー界では珍しいプロ指導者である。

 高円宮杯プレミアリーグU-18EASTに参戦している流通経済大付柏高の榎本雅大監督、青森山田高の正木昌宣監督、尚志高の仲村浩二監督らはいずれも体育教員だが、玉田監督はサッカー指導だけを託されている。「スペシャリストである以上、クオリティの高い指導をするべきだ」という自覚は誰よりも強いはずだ。

 そのためにも、トレーニング以外の時間を最大限に有効活用しなければいけない。空いた時間にプレミア参加チームの動画や世界トップリーグの試合を精力的にチェックしているという玉田監督だが、選手の心に響く話術や言葉使いを体得しなければいけないという意識も高い。

「僕は習志野高校時代の恩師である本田裕一郎先生(現・国士舘高テクニカルアドバイザー)や日本代表時代の岡田武史監督(現・FC今治会長)のように、読書家で博識というわけではないので、なかなか説得力ある言葉を口にできない。そこが悩みではあります。

 それでも、フットサル場やストレッチの経営に携わるようになってから、人前で話す機会が増えた。そういう時のために、引退する数年前から“刺さった言葉”があったらメモを取ったり、記録したリはしていました。今は自分の幅を広げるために経営者のインタビュー記事を読んだり、動画を見たりして、学んでいるところです」と、玉田監督は感覚でプレーしていた若かりし日とは全く異なるスタンスで、サッカーと向き合っているようだ。
 
「いろんな経営者を見るなかで、僕が特に素晴らしいと感じているのは、トヨタ自動車の豊田章男前社長。名古屋グランパスの会長を務められている関係で、実際にお目にかかってお話ししたこともありますが、誰かが用意した文書を読むとかじゃなくて、自分が感じたことをストレートに伝えている。『心の底からそう感じているんだろうな』という実感が伝わってきて、話に引き込まれましたし、すごくいいなと実感した。指導者もそうあるべきだなと感じたんです」

 日本屈指の偉大な経営者にリスペクトを払いつつ、自分の指導に落とし込もうとしている玉田監督。毎週実施しているミーティングでは、できるだけ自分の言葉で感情を伝え、選手たちの心に訴えかけたいと考えているようだ。

「ミーティングは週中にやっているんですが、最初に映像を使いながら前の試合分析や振り返りをしています。最初に見せるのは良いシーン。ポジティブな印象を持った方が選手もモチベーションが上がるし、前向きになれる。そのうえで改善点にフォーカスして説明するようにしています。

 やっぱりサッカーは相手が嫌がることを意識的に仕掛けていくのが最優先。最終ラインの背後を取られるのは一番の脅威だし、『今年の昌平は怖いチームだ』と相手に思わせることができる。うまいだけでは勝てないですし、強くなれない。それは自分自身も感じてきたこと。そのあたりを僕の言葉で実感を込めて伝えていきたいと思って、選手たちの目を見ながら語り掛けるようにしています」

【画像】小野伸二や中村憲剛らレジェンドたちが選定した「J歴代ベスト11」を一挙公開!
 指導者として高校生と向き合うなかで、日に日に情熱が高まっていくという玉田監督。「今、関わっている選手を少しでも上手にしたい」「良い選手にしたい」という思いも強まっている様子だ。

 そういったなかでも「サッカーを楽しむ」という彼自身の哲学は変わっていない。

「現役の頃からサッカー教室で教えたりする機会もありましたけど、そこで毎回のように言っていたのは、『とにかくサッカーを楽しんで』ということ。僕自身も楽しいと思えたからこそ、40歳を過ぎるまで上を目ざして努力を続けることができた。選手の前に立つ時は、サッカーの素晴らしさを理解してもらいたいという心構えを忘れないようにしています」

 こういった玉田流が徐々に浸透しつつある今年の昌平は、見ていて楽しいサッカーを実践しつつも、タフさや粘り強さが増しつつある印象だ。全体にテクニシャンが多い反面、長身選手が少なく、リスタートやクロスからの失点が多いという傾向はあるが、そこも頭を使いながら解決策を見出せるはず。玉田監督も希望を持ち続けている。
 
「身長が低いとか、高さがないと言われますけど、競り合いになる前段階でボールの出しどころを封じれば、失点は確実に減る。僕は危険な場面を未然に阻止するようなところまで持っていきたいと思って、選手に意識づけをさせています。

 それに身長がなくても良いディフェンダーはいる。元イタリア代表のカンナバーロはその筆頭で、駆け引きやポジショニングで世界超一流まで上り詰めました。僕が対戦したなかにも、柏レイソル時代の先輩・薩川了洋さんみたいな勝負強い選手がいた。サツさんとの1対1は本当に苦しめられました。身体のサイズや身体能力だけに頼らない良い選手を1人でも多く育てられるように頑張ります」

 将来的にはJFA公認S級コーチライセンスを取得し、トップカテゴリーの指揮を執りたいという玉田監督だが、昌平で積み上げている経験は必ず今後に生きてくるはず。長くユース年代を主戦場にしていたFC町田ゼルビアの黒田剛監督がJリーグで成功している例も出てきているだけに、彼の今後が興味深いところだ。

 今季の高円宮杯プレミアリーグを見渡すと、鹿島アントラーズユースの柳沢敦監督、FC東京U-18の佐藤由紀彦監督などJリーグで活躍した元ビッグネームも少なくない。そういう指揮官たちと切磋琢磨し、進化を遂げていく玉田監督から目が離せない。

※このシリーズ了(全3回)

取材・文●元川悦子(フリーライター)

【記事】理想はピクシーやジーコとの関係性。元日本代表の玉田圭司監督は強豪・昌平に何をもたらすのか?

【記事】「ゴールから逆算してシンプルに攻めることも必要」玉田圭司監督が“技巧派集団”昌平に新たな風を吹かせる「違ったスタイルを作っていければ」

【PHOTO】輝く笑顔とポージングで個性を発揮!U-17女子アジアカップに出場するリトルなでしこ全選手&監督のポートレートを一挙紹介!