「挑戦するタイミングだなと」三好康児はなぜ海外移籍を決断したのか。出場機会を求めた札幌&横浜FMで芽生えた自信

SOCCER DIGEST Web6/7(土)17:00

「挑戦するタイミングだなと」三好康児はなぜ海外移籍を決断したのか。出場機会を求めた札幌&横浜FMで芽生えた自信

三好が欧州に渡って7年目。あえてこのタイミングで海外移籍を決断した理由を訊いた。写真:滝川敏之


 日本を飛び出し、現在ドイツのボーフムでプレーするMF三好康児は、U-12、U-15、U-18と川崎フロンターレの下部組織で育った。

 川崎で「アカデミーの最高傑作」と謳われた28歳は、Jリーグでのプロ入り後、思うように出場機会を得られない時期もあり苦しんだ。そのなかでも、「上を目ざしたい」という飽くなき向上心で欧州の舞台へ。日本が誇るテクニシャンは、どのような覚悟を持って世界で戦う選択をしたのか。

――◆――◆――

 三好は神奈川県川崎市出身の生粋の“川崎っ子”。4歳上の兄の影響でサッカーを始め、2002年の日韓ワールドカップを見てプロを志すように。リオネル・メッシや元日本代表の中村俊輔、中村憲剛にも影響を受けた。

「最初に好きだったのは中村俊輔選手です。ワールドカップを見ていて、自分と同じ左利きでかっこいいなと思っていました。そこからフロンターレに入ることによって、ケンゴさん(中村憲剛)とか、そういう選手を見て勉強して、途中からメッシという感じですね。

 メッシを真似していたわけじゃないです。真似できるレベルじゃないから(笑)。でも左利きで小柄な選手でドリブルが上手いのは、やっぱりメッシ。今だったらベルナルド・シウバなど、いろんな選手がいますけど、そういう選手を見てボールの持ち方を真似したりしていました」
 
 小学生時代は、地元の少年サッカーチームである中野島FCに所属し、小学5年生から川崎U-12でプレー。Jクラブのアカデミーに籍を移したことが、三好の意識を大きく変えた。

「フロンターレのジュニアに小学校の時、中野島FCから移籍という形になった。それまでは漠然とプロサッカー選手になりたいと思って地元のクラブでやっていたのが、プロサッカーチームの組織に入ることによって、プロへの道を明確に描けた。そして、そういうサッカーの厳しい世界を認識できたタイミングでした。監督もすごく厳しく、プロになるための集団だという風に言われたことによって、一番、プロを意識し始めたのがこの頃ですね」

 町クラブとJクラブ育成組織の違いも大きく感じたという。

「町クラブはもちろん、みんながプロを目ざしているわけでもないし、楽しくやりたい子もいる中で、自分はプロを目ざすという上を見ていた。川崎のアカデミーは、みんながプロになりたい、なるために入ってきてくる場所だった。

 その中で自分が一番上手いわけではなかったですし、まだまだ向上しなければいけないと思えた。プラス、そこでまず日本で優勝したいという目標から始まって、世界大会に出たり、また世界の選手たちを見て、ゆくゆくは世界で活躍できる選手になりたいなと小学校の時に思うようになりました」
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 プロになるために――。上を目ざす姿勢を持ってアカデミーで戦い続け、2015年にトップチームに昇格。同年4月にJ1リーグの1stステージ第4節・アルビレックス新潟戦に途中出場してプロ初出場を飾った。

 しかし、その後はなかなかスタメン定着とはならず。2018年からはレンタル移籍で札幌、横浜FMと2クラブでプレーした。

「プロになって、川崎に3年間いましたけど、なかなか思うように出場機会を得ることはできなかった。そのなかでも海外に行きたい気持ちや日本代表に入りたい気持ちもあった。

 そのためには、やっぱり試合の経験を積みたいというか、試合に出たい気持ちが強かった。そのタイミングで、ミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ)監督のサッカーを知っていたので、その監督の下で経験してみたい思いもあって、札幌にレンタルという形に移籍させてもらいました」

 そして2019年夏、ベルギー1部のアントワープに移籍。欧州でのキャリアのスタートを決断したきっかけには、札幌、横浜FMで得た自信があった。

「川崎の時は試合に出られなかったけど、札幌では1年間フルで出させてもらって、マリノスでもそれなりに出させてもらった。そこで、もともとあった自信が“できる”という確信に変わったんです。ベルギーからオファーをいただいた時に、もうこれは挑戦するタイミングだなと思ったので、自信を持って行けましたね」
 
 Jリーグで掴んだ自信を胸に挑んだ海外挑戦1年目、最も難しさを感じたのは、スタッフやチームメイトとのコミュニケーションだった。当時、英語はほとんど話せなかったが、積極的に会話をする姿勢を見せることで、チームの輪に溶け込んでいった。

「最初はコミュニケーションを取りたいけど取れない部分がありました。でも、言葉を上手く喋れなくても、(チームメイトと)ご飯に行っていました。その意欲を見せるのが大切だった。

 仲良くなりたいとか、チームメイトといろいろ会話したいとか、喋れなくてもそういう姿勢を持っている人と、もう全く喋れないからいいやと思う人では、海外の選手の対応の仕方も変わってくる。チームを良くするために、自分がパスをもらうために、ほかの選手と良い関係を作るのはすごく大事。だから言葉ができる、できないにかかわらず、その意欲を見せるようにしていました」

 活躍の場を欧州に移して今年で7年目。三好が日本を出て、これだけ長く海外でプレーできる背景には、その都度、目の前に立ちはだかる壁を乗り越えていけるだけの精神的な“強さ”があった。

※第1回(全3回)

取材・文●手塚集斗(サッカーダイジェストWeb編集部)

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