コパ・アメリカ2019が6月14日、いよいよ開幕を迎える。開催国のブラジル代表やリオネル・メッシを擁するアルゼンチン代表はもちろん、1999年大会以来の参加となる日本代表にも注目が集まる。
 
 その開幕を前に、東京スカパラダイスオーケストラ(通称スカパラ)のツアーで南米各国を回り続ける経験を何度も持ち、大のFC東京ファンとしても有名な川上つよし氏、そしてサッカー好きとして知られる音楽ジャーナリストの鹿野淳氏のスペシャル対談が実現。南米、コパ・アメリカ、そして日本代表について語り尽くしてもらった。
 
 対談の前編はまず、南米という環境とサッカーについてだ。
 
――今回はお二人に南米、コパ・アメリカ、そして日本代表などについてお話いただければと思います。
 
鹿野:コパ・アメリカ招待の常連だったメキシコが、今大会は不在。同じ時期にゴールドカップ(北中米カリブ海選手権)があるから、代わりに日本とカタールが招待された形ですね。川上さんはスカパラのツアーで何度も南米やメキシコに行かれていますが、メキシコって南米とアメリカに挟まれたなかなか微妙な立ち位置ですよね?
 
川上:そうですね。向こうではラテン・アメリカって一括りにされています。メキシコはスペイン語圏なので、南米と同じカテゴリーの中に入っていると思いますよ。コパ・アメリカの中にいても、もはや違和感なかったですもんね。
 
鹿野:ですよね。トランプが大統領になって以降は、政治的にもアメリカとは摩擦が続いているので、余計に南米寄りのイメージがありますけどね。それにしてもコパ・アメリカの過去2大会(2015年と2016年)は、チリが連覇か。意外といえば意外ですよね。
 
――ビダルやアレクシス・サンチェスなどの黄金世代がちょうどピークで、チリ史上最高とも謳われるチームでした。
 
川上:やっぱり南米はレベルがすごく高いですよね。ワールドカップ予選でも毎回、ブラジルかアルゼンチンのどっちかが大苦戦するくらいですから。

鹿野:たしかに、どの試合も気を抜いていない。環境もハードだし、ボリビアのラパスなんて富士山よりも標高が高いらしくて。そんなとこでサッカーをやるなんて、尋常じゃないですよね。スカパラもメキシコシティ(標高は2300メートル)を含めて高地でのコンサートは大変じゃないですか?
 
川上:もう何度も行っているので、最近はかなり慣れてきましたよ(笑)。初めの頃は酸素吸入器をステージ袖に置いてましたけど、7回、8回と通ううちに必要なくなりました。
 
鹿野:僕なんか高地だとランニングで2キロ走るだけで立ち止まりましたけど、通うと慣れるもんなんですね。
 
川上:今回のコパ・アメリカを開催するブラジルは高地こそないですが、やっぱり国土が広いのでツアーの時は移動が大変ですね。2014年のワールドカップの時も話題になっていましたよね。
 
――今大会の会場は南部に固まっていて、中部はサルバドールだけなので、2014年ワールドカップのような移動地獄はないようです。
 
川上:それは助かりますね(笑)。
鹿野:ブラジルにはどんな印象を持っていますか?
 
川上:リオデジャネイロとサンパウロに3回ほど行きましたが、やっぱりあの国は本当のサッカー王国ですよね。とくにリオのコパカバーナ・ビーチ周辺がすごい。あの地区はボタフォゴの本拠地なので、壁一面に歴代選手の顔がバーッて描いてあったりとか、カッコよかったですね。そうだ、泊まっていたホテルの目の前にある立ち飲み屋に行ったら、ボタフォゴの試合を観ながらファンが騒ぎしてて。そこでパーカッションの大森はじめがちょうど金髪だったから、「本田!」って言われながら胴上げされそうになってました(笑)。
 
鹿野:ははははは、若干似てますしね。やっぱりブラジル人は先天的にノリが良いですよね。楽しみ上手というか。
 
川上:すぐに仲良くなれます(笑)。あと向こうの人と話していると、すごくクラブ愛を感じますね。リオのファベーラの女の子に「ブラジルのサッカー選手で誰が好き?」って聞かれて、咄嗟だったんで「ネイマール」って答えたんですよ。そしたらあっさり「シット」って言われました(笑)。
 
鹿野:ネイマールはサンパウロのサントス出身だから、リオでは不人気ってことか(笑)。
 
川上:そうそう(笑)。女の子でもそういう地元意識があるんだなって、すごく驚きましたね。
 
鹿野:根付いてますね。僕も5年前のブラジル・ワールドカップに行ったんですが、自分が現地に着いたのがちょうどブラジルが敗退した日だったんですよ。
 

川上:いわゆる「ミネイロンの惨劇」(準決勝でブラジルがドイツに1−7で大敗した試合)の日ですね。
 
鹿野:だから国としてはだいぶお通夜ムードだったんですけど、その一方でアルゼンチンは決勝まで勝ち上がるわけじゃないですか。だからアルゼンチンの各地からリオに、17万人くらいが一気に押し寄せてきたんですよ(笑)。
 
川上:地理的にわりと近いとはいえ、すごい数ですね(笑)。
 
鹿野:そう。車が10万台以上とか言ってたかな。だからもう、リオの道がどこも車中泊するアルゼンチン人だらけで。それでコパカバーナ・ビーチの横幅を使った20万人クラスの壮大なパブリックビューイングで、みんなで試合を観て応援するっていう。すごい光景でしたよ、あれは本当に。
 
川上:そのパブリックビューイングには、ブラジル人はいないんですか?
 
鹿野:たまにブラジル人が入ってくると、アルゼンチン人がファンキーに迫害してましたね(笑)。完全に場を支配していました。アルゼンチンって冬はそれなりに寒いし、メッシとかを見てもあまりアナーキーなイメージがないじゃないですか? でも、やっぱりあれだけ集まると立派な「ラテン」でしたね。
 
川上:(笑)。僕もアルゼンチンには2回ほど行ったんですが、ちょっと不思議な雰囲気がありますよね。ブエノスアイレスは空気が綺麗だし、アサード(アルゼンチン式バーベキュー)も本当に美味しい。でもやっぱりリーベルとボカのライバル意識は凄まじいし、治安もなかなか危険。現地の関係者に「日が暮れてからあのエリアには行くな」って脅されたこともありました(笑)。
 
――すっかりブラジルとアルゼンチンの話で盛り上がりましたが、日本代表がコパ・アメリカに出場するのは、1999年大会以来、二度目になります。
 
鹿野:2011年大会も声が掛かっていたんだけど、東日本大震災の影響で辞退せざるをえなかったんだよね。2015年は同じ年にアジアカップがあったから同じく辞退。今年もアジアカップがあったけど、参加という流れですね。
 
川上:いずれにせよ、基本的に南米と日本はすごいラブラブですよね。それはあっちでライヴをしていても感じます。とにかく盛り上がるし、お客さんから「わざわざ来てくれてありがとう」って感じがこっちにすごく伝わってくるんですよ。それこそ地球の裏側にある国を大陸別選手権に招待してくれるなんて、ホントにありがたい。
 
鹿野:いや〜、行きたいな、ブラジルまで。
 
川上:行きたい!(笑)。しかし1999年大会って、たしか開催国のパラグアイにボコボコにされた気が……。
 
鹿野:…………そうでしたね。
 
――パラグアイには0−4で大敗し、ペルーにも2−3で負け、ボリビアとは1−1。結果的に最下位でグループリーグ敗退でした。
 
川上:当時はキリンカップとかでパラグアイとかメキシコ、ペルーなどと戦うと、日本はいつも僅差の試合をしていたんですよ。でも、コパ・アメリカっていうガチの舞台で戦うと、ここまで差があるのかと。現実はこうなんだって、当時すごく思ったんですよね。

鹿野:あの頃くらいの日本サッカーって、まだブラジルのスタイルをはっきりと踏襲していましたよね。それこそブラジル出身の呂比須ワグナーがコパ・アメリカでゴールを決めていたし(同大会で2ゴール)、日本も戦えるんじゃないか、これが世界への足掛かりになるんじゃなかって希望が芽生えたりもしたけど、その一方でこっ酷くやられた。その希望と現実の乖離をすごく痛感させられた大会だった記憶があります。
 
川上:そうですよね〜。「リアルな南米」の凄さをまざまざと見せつけられた気がしました。まだまだ遠いなと。
 

――その20年後に再びコパ・アメリカに参加するっていうのは、何かの縁を感じるし、日本と南米の距離感がどれだけ縮まったかを図るには最適かもですね。グループリーグで日本は、チリ、ウルグアイ、エクアドルの順に戦います。
 
川上:とくにウルグアイが強いかなと。去年の10月のキリンチャレンジカップは4−3で勝ちましたけど、あれはある意味で「偽物」のウルグアイですよね。コパ・アメリカでは「本物」が見られるはずです。
 
鹿野:あの時はいなかったスアレス、日本が先制点でも取ろうものなら、咄嗟に噛み付いてくるかもしれない。
 
川上:ガチだったらありえますね(笑)。
 
鹿野:ワールドカップの南米勢って、けっこう淡泊に見える時があるじゃないですか? とくにヨーロッパでやる大会だと。でもコパ・アメリカだと内弁慶なノリが良い方向に出ちゃうから、余計に怖いですよね。チリとかが連覇しているのって、案外そういうことも含まれている気がする。
 
川上:それ、すごくわかります。南米勢はヨーロッパでやるワールドカップより、コパ・アメリカのほうが絶対に強いと思います。気候も雰囲気も、全然違いますもんね。
 
鹿野:それでいくとウルグアイとチリはもちろん、エクアドルもかなり不気味ですよね。
 
川上:日本で知名度の高い選手は少ないですけど、まったくもって侮れないですね。
 
鹿野:勝ちに行くではなく、勝てると思って迫ってくる強さみたいなのがありそうな気が。なんとかグループリーグを突破して、ブラジルかアルゼンチンとの試合が見たいな。この2か国とガチで戦える機会なんてそうそうないですもんね。
 
川上:見たいですね〜。ブラジルはロシア・ワールドカップも優勝できるじゃなかって思ってたんですけどね〜。ネイマールが大袈裟に倒れてばっかりだった(笑)。オモシロ動画にされちゃったくらいでしたからね。
 
――ネイマールは今大会も主役の1人として期待されていましたが、6月5日の親善試合で足首を負傷し、コパ・アメリカを欠場することになりました。
 
鹿野:地元開催ですし、ネイマールにとっては本当の本気の正念場の大会だったはずですけどね……。さっきの川上さんの話じゃないけど、ブラジル人たちは心底はまだ彼を認めていない。ペレ、ジーコ、ロナウド、ロナウジーニョのような本当の意味でのセレソン・レジェンドになれるかどうかの、そろそろ瀬戸際だと思うんですよね。
 
川上:能力的にはレジェンドたちと大差ないわけで、あとはメンタルですよね、ホントに。コパ・アメリカで見たかったな〜。
 
――アルゼンチンだとやっぱり注目はメッシでしょうか。ワールドカップの後は代表活動を自粛していましたが、今年3月に復帰しています。メッシは実はA代表では無冠なので、意気込みも相当なものだと思います。
 
鹿野:実際に現地に行くと、アルゼンチンではメッシってどんな存在なんですか?
 
川上:もちろん唯一無二ですよ。でも、その分だけプレッシャーも半端がない。前回アルゼンチンに行ったときは、ちょうどロシア・ワールドカップ予選の終盤で、アルゼンチンは本選行きが危うい状況だったんです。それで、ブエノスアイレスのボンボネーラ(ボカの本拠地)でペルーとやると。だからもう町中大騒ぎで、夕方にパブに行ったんですよ。でも、入場時のメッシのプレッシャーに押しつぶされたような表情を見て、みんな「この試合、もうダメだ……」ってなってて(笑)。実際、この試合のメッシはまったく良いところがなくて、スコアレスドローでした。アルゼンチンの人たちは入場時の表情でメッシの調子がわかるのかよって、ビックリしましたね(笑)。
 
――その5日後の最終節でメッシはエクアドル相手にハットトリックを決め、アルゼンチンをロシア・ワールドカップに導いたんですよね。
 
川上:そうなんですよ! しかもアウェーで。その時にちょっと思ったのは、ブラジルとかアルゼンチンみたいな強国だと、ホームのプレッシャーが日本では想像できないくらいに強いんだなと。だからブラジル開催の今大会、メッシは意外にやるかもですね(笑)。
 
鹿野:普通に考えて、メッシってもう代表引退してプレッシャーも試合数も減らしたいって思ってるはずだし、代表戦に出る意味もそんなにないと思うんです。サッカー史上最高の選手だってほとんどの人が認めているわけで。でも、「代表チームのメッシはメッシじゃない」って批判を覆すために、その意地だけでまだ戦っていると気がしますよね。許せないんでしょうね、代表での自分が彼のプライドの中で。
 

川上:だからある意味で、マラドーナの呪縛との戦いですよね。マラドーナはワールドカップを獲ったけど、メッシは獲れていない。ブエノスアイレスで行った肉料理屋さんの壁にマラドーナのサインがあったんですけど、その下にはメッシのもありました。
 
鹿野:上下差があるんですね(笑)。ブラジル・ワールドカップに行った時にアルゼンチン対オランダ(準決勝)のチケットを、もう手段を選ばずにダフ屋で買おうと思ったんです。そしたらダフ屋のおっちゃんが、「このチケットは、実はメッシの親父から譲り受けたものだ」とか言ってきて(笑)。
 
川上:えっ、そんなことありえます?(笑)。VIP席ではなく?
 
鹿野:違うの(笑)。でも「このチケットにはメッシの親父の魂が入ってるからオススメだぜ」みたいなこと言ってくるんです。明らかに怪しいじゃないですか? 全部のチケットをそう言って売ってそうだし。さすがに買わなかったですけどね、法外な値段だったし。でも、その口説き文句で買う人がいるんだろうなと。だからメッシの偉大さや影響力を予想外の場面で知りました(笑)。
 
※対談後編はこちら!
 
取材・文:白鳥大知(ワールドサッカーダイジェスト編集部)
 
【プロフィール】
川上つよし/1967年生まれ、東京都出身。今年でデビュー30周年を迎えたモンスターバンド「東京スカパラダイスオーケストラ」のベーシスト。2011年からは「川上つよしと彼のムードメイカーズ」としても活動する。サッカー好きとして知られ、U−23チームを観るためにJ3リーグにも通うほどFC東京をこよなく愛している。ライヴツアーで世界中を訪れ、各地でサッカーに触れる。今夏のスカパラは8月12日に「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019」にも出演決定。
 
 
鹿野淳/1964年生まれ、東京都出身・神奈川県育ち。ロッキング・オン社で『BUZZ』や『ROCKIN'ON JAPAN』の編集長を歴任し、2004年に独立。2006年1月にサッカー雑誌『STAR soccer』を創刊し(現在は休刊)、2007年3月には音楽雑誌『MUSICA(ムジカ)』を立ち上げる。現在は編集/執筆活動のほかテレビやラジオでも活躍し、2014年からは音楽フェスティバル『VIVA LA ROCK』のプロデュースも行っている。音楽誌時代にFAカップ決勝を現地観戦してサッカーにハマり、現在は日本代表のパブリックビューイングイベントなどでパーソナリティーも務める。ツイッター(@sikappe)やインスタグラム(sikappe)も好評。