クラブの高卒選手では実に27年ぶりの快挙だ。

 今季、修徳高から加入したジェフ千葉のブワニカ啓太はヴァンフォーレ甲府との開幕戦でベンチ入りを果たし、後半開始からピッチに登場。すると、57分に安田理大のクロスボールに合わせ、ヘディングで同点弾を叩き込んだ。高卒選手の開幕戦弾は、1994年に開幕から4試合連続ゴールをマークした元日本代表の城彰二氏以来。Jデビュー戦でプロ初ゴールを決め、偉大なOBの記録に並んだ18歳の若武者からは笑みが溢れた。

 試合中に足首を痛めた船山貴之に代わり、後半から出番を得たブワニカ。「運動量からボールに関与できる選手」とユン・ジョンファン監督が称する通り、最前線の位置で左右に流れながらパスを引き出し、185cmの体格を生かした空中戦の強さで攻撃の起点になる動きを繰り返した。57分に奪ったゴールも自身が右サイドに流れ、クロスを上げたプレーがきっかけ。左サイドに流れたボールを再び繋ぎ、安田が入れたクロスにファーサイドで合わせた。

 正式にチームに加わってまだ約2か月。プロサッカー選手としては線がまだまだ細い。プレーの引き出しや戦術理解もまだ深めている最中だ。しかし、開幕戦では攻撃の起点として機能したのは間違いない。ファーストプレーでは難しい体勢からいきなりシュートを放つなど、物怖じないメンタリティも高校生離れしていた。

 では、なぜブワニカはデビュー戦で良質なパフォーマンスを見せられたのか。その答えは高校ラストイヤーにある。

 松戸六中時代は県大会に出場したのみで、トレセンは松戸市選抜止まり。修徳高に進学できたのも全国中学校サッカー大会の出場権を賭けた松戸市大会で可能性を示したからだった。

 高校入学後はレベルの高さに戸惑ったが、ウガンダ人の父とサッカー経験者の母から譲り受けた持久力と運動能力を見込まれ、1年次からトップチームに帯同する。そして、迎えた高校2年生の春。同期の大森博(現・徳島ヴォルティス)を視察すべく練習試合に訪れていた稲垣雄也氏(当時・千葉スカウト。現クラブ・ドラゴンズ柏U-12監督)の目に留まり、Jクラブから注目されるようになった。当時の印象を稲垣氏はこう語る。

「最初に見た時に将来性を感じました。目についたのは運動量。そして、ベンチなどでの振る舞いを見ていると、間違いなく愛されキャラだというのも分かりました。人を惹き付ける魅力も含め、そこから気になる存在になりましたね」

【動画】ブワニカ啓太が決めた27年ぶりのジェフ新人の開幕デビュー戦弾!
 それから徐々に評価を高めると、12月上旬には千葉の練習へ参加。高校3年生となった翌年5月にはオファーを受け、上のステージに挑む権利を手に入れた。

 ただ、あくまで将来性を評価されての獲得である。現状のままで活躍できるほどプロの世界は甘くない。そこでブワニカは課題だったフィジカルの強化に取り組み、クラブのサポートを受けて食事とトレーニングメニューの改善を目指した。

 食事のメニューや摂取の方法については、栄養士から助言をもらって見直しに着手。トレーニングではゴムチューブなどを使い、当たり負けしない身体を作るために体幹を鍛えた。効果はすぐには出ず、高校サッカー選手権では都予選の2回戦で敗退してしまう。それでも自身と向き合う作業を続けた。

 また、11月上旬には学校と岩本慎二郎監督の理解と協力を得られたことで千葉の寮に入れた点もブワニカの転機となる、午前中はトップチームで練習をしながら、午後は学校で机に向かう。そうした地道な積み重ねが身を結び、コンディションによって4、5kgほど増減していた体重も安定した。

 早い時期からプロサッカー選手として戦う準備を進めたことで、1年目の今季はキャンプから安定したパフォーマンスを発揮。その姿勢やパフォーマンスについては、ユン監督も目を細めている。

「チーム内で努力をしてきた選手。何かを吸収してやるという気持ちが出ているし、キャンプからその姿勢があった。なので、今日の結果に結び付いた」

 最高のスタートを切った千葉の新鋭。だが、シーズンはまだ始まったばかり。活躍を継続させることに意味がある。本人も開幕戦の結果に満足しておらず、浮かれる様子は見せていない。「チームを勝利に導けないと意味がない」とはブワニカの言葉。伸び盛りのルーキーが、今後どのような成長曲線を描いていくのか楽しみだ。

取材・文●松尾祐希(フリーライター)