コロナ禍という未曽有の事態に直面し、Jリーグの価値が改めて問われている昨今。村井チェアマンや原副理事長の声をより多くのサッカーファンに伝えるべく、スタートさせた「J’sリーダー理論」。おふたりが交互に綴るコラム形式企画の第3回は、村井チェアマンによる「組織形成・改編論」をお届けする(サッカーダイジェスト4月22日発売号に掲載された内容を加筆したもの)。

――――――――――――◆―――――――――――――◆――――――――――

 Jリーグ内部の組織改編については、2014年のチェアマン就任当時から実は考えていました。コロナ禍でテレワークに移行したのは大きな変化ではなく、それ以前から「人と組織の関係性」は私の中で重要なテーマでした。

 まず着手したのは、境界を超えること。具体例を挙げれば、ひとつはチェアマン室の廃止です。

 チェアマン室とは、歴代4名のチェアマンが使用されていた大部屋を指します。確かなステイタスが感じられ、簡単なミーティングができる机もありました。ただ、チェアマンに就任するまでサッカー界と縁のなかった私はそこであれこれ指示するよりも、従業員と接して、いろんなことを教えてもらいたかったのです。そもそも、最初の約半年間はクラブへの挨拶回りでチェアマン室にほとんどいませんでした。そういう事情もあって、廃止の決断に至りました。

 身近な壁を取っ払って、自分の居場所と従業員との関係を考え直すところから、私の仕事は始まったような気がします。ただ、私はリーダーシップもカリスマ性もなくて、実際、言いたいことが従業員たちに伝わらない。笛吹けど踊らず、といった状態で、「これはなんだろう?」と頭を悩ます時期もありました。熟考した結果、ある結論に行き着きました。自分に原因があるのは当然ながら、組織にも問題があるのではないか、と。

 当時、Jリーグの組織は複雑でした。公益社団法人の日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の傘下には6つの株式会社(Jリーグメディアプロモーション、Jリーグエンタープライズ、J ADVANCE、Jセイフティ、Jリーグフォト、Jリーグデジタルエンタテインメント)があり、それぞれに社長がいて、6通りの人事制度がありましたから。組織が細分化されている分、壁も多い。

 しかも、関連の6社の株主には公益社団法人のJリーグ(日本プロサッカーリーグ)と公益財団法人の日本サッカー協会(以下JFA)の他に、Jリーグの特定のクラブ、放送事業なども含まれていました。例えば、ユニホーム販売を取り扱うJリーグエンタープライズの当時の出社比率は、Jリーグが38パーセント、JFAが17パーセント、Jリーグの特定のクラブが42パーセント、その他が3パーセントという具合でした。JリーグとJFAで関連6社の株式を独占できなかったのは、利益目的の事業ができない公益法人は関連6社それぞれの株式50パーセント以上を保有できない決まりになっていたからです。

 それぞれの出資比率も複雑で、関連会社との情報共有もスムーズにできない状況では、組織として一体感が生まれない。これでは私の意思が届かないのも当然で、だからこそこれらの壁をすべてぶち壊そうと。そういう決意をしました。
 
 しかし、これらの壁を壊すのは想像を絶する作業でした。株式会社Jリーグホールディングスを新たに立ち上げ、そこに関連6社を吸収合併してひとつにまとめたいという私の意向に対し、それはもう反対意見が多数ありました。

 難航したのは、株式の買い戻しです。従来の体制で利益を得ている方々は株式を手放せばある意味損をしてしまうわけですから、なかなか同意を得られない。法律上、株式は「売れ」と命じることはできません。私有の財産ですから、所有者が手放してくれるのを待つしかありません。結果的に買い戻しを承諾してくれるまで、かれこれ1年くらいかかったと記憶しています。

 交渉の過程で強く思ったのは、インターネット社会が進み、いろんなものがデジタル化されていくということでした。その波に乗り遅れてはいけないし、それこそ壁を取っ払って、何事もスピーディに解決する。何かを決めようとする際に関連6社それぞれで取締役会を開いてOKを取らないといけない時代は古いと感じていました。ですので、そのあたりをしっかりと説明して株主の方々には最終的に納得してもらいました。
 
 関連6社の従業員にも「ひとつの会社に移す」という許諾を得て、2017年4月に株式会社Jリーグホールディングスを設立しました。株主をJリーグ(出資比率は47・8パーセント)、JFA(同17・4パーセント)、政府系投資会社(同34・8パーセント)の3社だけにして、従業員全員の所属をJリーグホールディングスにしました。関連6社だったJリーグメディアプロモーション、Jセイフティ、J ADVANCE、Jリーグマーケティング、JリーグデジタルはJリーグホールディングスが出資率100パーセントの子会社となったことで、情報交換も従業員の異動もスムーズにできるようになりました。[編集部・注/株式会社Jリーグホールディングスは2021年1月1月に株式会社Jリーグと改名。組織としてはマルチメディアカンパニー、エンターテインメントカンパニー、グローバルカンパニー、コーポレートの4部門で成り立つ]
 
 余計な壁を取り除いて風通しが良くなってからの社内改革は早かったです。大きな変化のひとつが、フリーアドレス。自席の概念をなくし、自由に席を選んで働くスタイルです。チェアマン室がない私も空いている席に座って業務をこなすと、従業員の様子がよく分かります。どういう件でお客さんに謝罪しているとか、その場で生の情報をキャッチできますし、一方で私が何かしらの打ち合わせで話している内容に聞き耳を立てている従業員もいます。

 比較的自由なため、従業員一人ひとりの行動を正確に把握できない点でマネジメントの部分で課題はあります。とはいえ、働きやすくなったのは事実でしょう。フリーアドレス導入以前は与えられた靴に足を強引に押し込むみたいな窮屈な作業をしていましたが、今は逆で、自分の足に合わせて靴を選ぶような働き方になっていますから。

 組織改編の延長線上にコロナ禍があって、そのタイミングでリモートワークに移行しますが、なんの抵抗もありませんでした。上司が自席に座って目の前の部下に威厳を示すような働き方からはすでに脱却していたので、従業員もすんなり受け入れてくれたのです。コロナが終息しても今のスタイルを貫く方針をすでに打ち立てています。机に縛られて仕事をする時代は終わったのです。
 
 ちなみに、リモートワークへの移行で、海外でプレーする選手との距離も近づきました。『スナックH&M』という社内のオンラインイベントでは、私と原博実(Jリーグ副理事長)さんがゲストに長谷部誠選手、岡崎慎司選手、長友佑都選手、吉田麻也選手、本田圭佑選手、香川真司選手などを招いて、従業員も交えて語り合うことができました。実際に会うとなったら不可能ですが、オンラインならできる。これはある意味発見でしたよね。

 もっとも、組織の枠組みが良いだけでは会社として機能しません。実はチェアマン室を廃止する前、その部屋を役員4人で使っていた時期がありました。私から専務たちにお願いしてそうしたのですが、他の従業員からすれば“単なる上層部の塊”で、そんな部屋に近づきたくありませんよね。良かれと思ってやったことがデメリットを生むひとつの例だと捉えています。

 コミュニティを形成する際、ひとつのキーファクターになるのが同質性です。例えば県人会、同窓会、サッカー好きが集まるサークルなど、同質性を持つ人間同士が集まると意思疎通がスムーズで、絆が深まります。ただ、同調できない人間は排除される側面も持ち合わせています。組織で言うと、分かりやすいのが学閥です。ある意味、人種差別もそうでしょう。

 同質性が悪いと言っているわけではなく、そこに潜むデメリットも理解したうえで組織を作らないといけないということです。関連6社の壁を取っ払って、株式会社Jリーグホールディングスを設立したのも、同質性を薄めることで得られるメリットのほうが大きいと感じたからです。
 
 従業員は私と同じ人間で、ある意味、生ものです。私だって妻と喧嘩すれば不機嫌だし、体調を崩せば気力も萎えます。だから、組織を動かすうえで従業員のコンディションは常に気にかけています。いくら才能があっても、コンディションが悪ければ力を発揮できない。そうなっては意味がありません。

 サッカーもそうですよね。コンディションがすこぶる良いチームがいわば格上のタレント集団を倒すケースは決して少なくありません。

 ただ、従業員のコンディション、モチベーションといった部分を気にしすぎて、彼らに寄り添い過ぎるのもよくありません。例えばサッカーの試合で3点リードされて放心状態になった時、チームリーダーから「ここからどうしたい?」と言われたら萎えますよね。

 組織を上手く回すには従業員と付かず離れずの関係を保ったうえで、しっかりと方針を示す必要があります。時には従業員から反発を受けることもありますが、そういうものも消化しながら根気よくやっていくのが経営です。私利私欲のためではなく、日本サッカーの未来のためになるというベクトルさえブレなければきっと良い方向に行くと信じています。
 
 天才少年少女のピアニストはいるけど天才少年少女の経営者はいないと、そう教えられたことがあります。経営は先天的な才能やセンスで実践できるものではなく、極めて後天的なものです。社会生活に身を置き、そこでの苦しみや痛みを学んで「じゃあ、どうしよう」となるわけで、こうした経験がなければ商品開発などにおいてアイデアが出てくるわけがありません。生まれ持った才能だけで、ヒット商品を世の中に届けることなんて不可能なわけです。それは強く感じます。

 とはいえ、私自身が社会を知っているかと言えばそうではありません。リモートワークで自宅にいる時間が増えてからは、如何に自分が無知だったかを思い知られています。猫の餌にこんな種類があったのか、ゴミの出し方にこんなパターンがあったのか、粗大ごみの出し方はこんなに複雑なのか、近所のスーパーでは何が安いのかなど“気づき”ばかりです。

 身近な生活から本質を知れる部分はあります。自分が思っているほどJリーグの話題は世の中に伝わっていないというのは組織の外に出て感じたことで、会社の中に缶詰めになっていたら絶対に分からない感覚でした。逆にどういう方がサッカーに興味を示していて、チケットを買うのかも分かりましたし、リモートワークになってJリーグの現在地がより明確に理解できたような気はしています。

<プロフィール>
村井 満(むらい・みつる)/1959年8月2日生まれ、埼玉県出身。浦和高在学中はGKとして冬の選手権予選にも出場した。早稲田大卒業後、リクルートに入社。そこで執行役員を務めるなどして、14年1月31日、大東和美氏のあとを受けて第5代Jリーグチェアマンに就任し、現在に至る。

取材・構成●白鳥和洋(サッカーダイジェスト編集長)