埼玉県を代表するサッカーの強豪校、さいたま市立浦和高校のグラウンドが人工芝となり、公式大会としては5月16日に行なわれた高円宮杯U−18サッカー、埼玉S1リーグでお披露目された。県内の公立校で校庭を人工芝に変えたのは、2017年3月に竣工したさいたま市立浦和南高校に続いて2校目となる。
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 昨年10月30日から着工し、サッカー場や野球場の外野に人工芝が敷かれ、この大型連休明けにピッチの改良工事が完了した。13日にグラウンドが開放され、サッカー部は同日の練習から使用開始。今後もピッチ周辺の部分工事などが続き、工期は8月31日を予定しているという。

 さいたま市が人工芝への張り替えを決めたのは防塵対策からだ。閑静な高級住宅街に囲まれた同校は、砂ぼこりが煙のように舞い上がることしばしばで、スプリンクラーも校庭全体をカバーできず、地域住民からの改善要求が絶えなかった。

「私が在学していた時も、特に夏場はほこりがひどかったですね。あれから30年近く経過し、こんなに素晴らしい環境にしていただいてありがたい。感無量です」

 母校に戻って3年目の大野恭平監督は、鮮やかな緑がグラウンド全面に広がる光景を見つめながら、感慨深そうにこう話した。
 
“こけら落とし”は、現在J1得点ランキング2位タイのオナイウ阿道(横浜F・マリノス)を輩出し、全国高校選手権に3度出場している正智深谷との1戦だ。後半4分に先制されたが、42分にFW林隆希が同点ゴールを挙げると、試合終了直前にはMF八木下岬が決勝点を蹴り込んで逆転勝ち。S1リーグは翌年のプリンスリーグ関東につながる大会で、チームはこの劇的な勝利で暫定2位に浮上した。

 正智深谷は、系列の埼玉工業大学の人工芝ピッチで練習するようになって14年目。小島時和監督は市立浦和の人工芝について「今はふかふかして天然芝に近いが、(ゴム)チップが雨にさらされていくと、芝がいい感じに締まります」と解説した。

 サッカー部OB会は、工事に伴う『学校環境整備』のため約250万円の寄付を集めた。

 イレブンはウオーミングアップ中も芝の感触を楽しむように、笑顔ではつらつと動き回った。主将のMF栗田幹大は「ゴロのパスがきれいに通るので、質の高いポゼッション練習ができます。6月のインターハイ予選で優勝を狙い、冬の選手権にも出て、チームをあの時代に戻したいですね」と指揮官に視線を向けた。

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 大野監督は1996年度の第75回全国高校選手権で8強入りした時の主将で、かの中村俊輔(横浜FC)を擁した神奈川・桐光学園に準々決勝で0−1と惜敗。この年は新人大会とインターハイ予選も制して3冠に輝くなど、伝統校の強さが健在だった。

 旧称・浦和市立は埼玉県勢として、全国高校選手権に武南と並ぶ14度の最多出場を数え、優勝も埼玉勢で最も多い4度。インターハイ1度、国民体育大会も3度制し、関東高校大会は7度も頂点に立った。50年代後半から60年代にかけ、全国でも無類の強さを誇ったのだ。

 日本リーグで260試合連続出場の大記録を持ち、日本代表コーチも務めた落合弘さん、日本女子代表監督としてアトランタ五輪に出場した鈴木保さん、日本が初めてアジア予選を突破し世界ユース選手権(現U−20ワールドカップ)で8強に導いた田中孝司さんをはじめ、現役時代に活躍し引退後もサッカー界に尽力した卒業生は枚挙にいとまがない。

「当時は浦和と聞いただけで震え上がったものだ。(61年の秋田)国体決勝では勝ったけれど、私が高校時代(広島・修道)に対戦した中で一番強かったのが浦和市立だ」

 三菱自動車が旧浦和市をホームタウンとし、Jリーグ入りすることが決まった91年2月、浦和レッズの初代監督となる森孝慈さんに浦和の印象を尋ねた時の回答がこれだ。
 
 全国高校選手権は7年、インターハイ出場は10年ない。大野監督は「恵まれた環境を活用し練習の質と強度を高め、まずはインターハイ予選を勝ち切るだけの力を蓄えたい。お世話になった方々のためにも、このグラウンドから強くなることを目ざす」と、創部75周年を迎えた今年、古豪復活に心血を注ぐ覚悟を示した。

取材・文●河野 正

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