プロ入りの未練を断ち切るために

大学生活最後の年を迎えた2018年の春。
佐々木健はプロ入りの未練を断ち切るためにあるテーマを掲げた。

「自分を後悔させる」

少し奇妙に聞こえるこの言葉。佐々木はどのような思いをこの一言に込めたのだろうか。

当時、佐々木には社会人野球のNTT東日本に進む道と、宛ての無いプロからの指名を待つ二つの選択肢があった。
しかしー。

大学3年までのリーグ戦登板はわずか8試合。自身でも「勝負の年」と決めていた大学3年のシーズンも春は登板なし、秋は2試合に投げただけに終わった。

「春のリーグ戦が始まる時点でNTT東日本に入社することが決まっていましたし、4年生の春秋で結果を出してもプロには行けないと理解した上でリーグ戦にも臨んでいたので、大卒でのプロ入りは諦めました。

4年生のシーズンが始まる前から心の中で思っていたのは、『志望届を出していたら絶対にプロへ行けてたね』と周りから言われるような成績を残そうってことでした。

そこで自分を後悔させてやろうと考えたんです。3年生まで結果が出ていなかったので、その時点でプロは諦めていたんですけど、結果的には『行けたじゃん』と自分を後悔させてやろうと。そう考えて、大学最後のシーズンに臨みました」

まさしく開き直りの境地。結果は良い方に出た。

4年春は5試合に投げて3勝1敗、防御率1.77。秋も7試合で5勝1敗、防御率1.80とチームの柱として活躍。故障で戦線離脱したエース・鈴木翔天(現東北楽天)の穴も埋めてみせた。

ストレートの球速も富士大学進学時に目標と定めていた150キロに到達した。

後日、とあるプロ球団のスカウトからも「志望届を出していたら獲りたかった」と話も聞かされた。

自分はプロに行けなかったのではなく、行かなかったのだ。ある種の充足感を胸に秘め、佐々木は次なる舞台・社会人野球へと駒を進めた。

やっぱり結果の世界だな

2019年、NTT東日本に入社すると佐々木は、1年目から大きな期待をかけられた。

6月の都市対抗野球予選、7月の本戦。そして日本選手権。ここぞという大一番で佐々木は必ずと言っていいほど先発を任された。

しかし、佐々木は捕まった。

5月28日の都市対抗野球東京都2次予選の明治安田生命戦(県営大宮球場)では初回から制球が定まらず、打者5人、わずか19球で降板。7月18日の都市対抗野球3回戦の日本生命戦(東京ドーム)でも初回に連続三振でスタートを切るも、死球から連続適時打を打たれるなどして失点。10月31日の日本選手権2回戦の日本通運戦(京セラドーム大阪)でも初回に5連打を打たれるなど、またしても一死も取れないまま降板し、立ち上がりに課題を残した。

佐々木はこう振り返る。
「結果的に、都市対抗予選と日本選手権の2試合がとても印象強い試合になったと思うんですけど、そこだけでなく、1年を通してピッチングコーチの安田(武一)さんと課題として取り組んで来たことが出せなかったのかなと感じました。

自分の人間的な弱さだったり、取り組んでいく過程の中にその2試合があった感じです。あれがなかったら1年が良かったのかと問われたら、そうではないと思いますし、自分の人としての部分、たとえばメンタルの弱さと向き合えた1年だったのかなと感じています」
思えば不振で苦しんだ大学3年のときも似たような見方を周囲からされていた。

「僕は真面目にピッチングをしているつもりなんですけど、練習態度がダメだとか『そういう態度だから結果が出ないんだ』とか言われました。結局、結果が出なければそれまでの過程でどれだけ頑張っていようと周りからは認められないじゃないですか。『やっぱり結果の世界だな』って…強く感じました」

練習メニューも当時、ドラフトの上位候補として名前が挙がっていた鈴木翔天と同じようにこなせていた。

「だけど僕は試合に出ても点を取られる。翔天は試合に出れば抑える。そういう中で過程を見られてしまうので、結果とプロセスの違いを強く意識するようになりました。結果を出すためには、過程を一番大事にしなきゃいけないんですけど、結果がダメだとプロセスまでダメと評価をされてしまうので、僕の中では切り離して考えないとダメだなと強く感じました」

NTT東日本の佐々木健ⒸSPAIA

自分との勝負ではなく打者との勝負

大学時代からプロのスカウトから高い評価を受けてきた佐々木だが、キャリアの点でいえばまだまだこれからの選手であるかもしれない。言ってしまえば素材型。まだ完成されていない分、どこまで伸びていくのか楽しみな選手でもある。

「大学3年のオフは普段の過ごし方から変わりましたし、練習量も増やして、その分、頭も使ってやるようになりました。筋トレも勿論しましたし、それ以上に自分の動画を見たりしながら投球フォームやピッチング全体のことを深く考えるようにもなりました」

その結果が大学4年の飛躍に繋がった。ならば社会人2年目を迎える今季、佐々木の評価は急激に上昇する可能性すらある。

「日本選手権が終って改めてビデオを見たんです。(あの試合では)全然やりたいことが出来ていないですし、結局1年間同じ反省だったんですよね。あの試合の反省もそこまでのシーズンと同じような反省でした。

(マウンドで)投げているときは理想のフォームで投げていると思っているんですけど、ビデオで見返してみると思い描いていたフォームとはだいぶ違う。それがあの日本選手権でも見られて、練習の質だったり、練習量だったりが足りないから、結果として公式戦でそうした課題が出てしまうのかなと感じました。

それを都市対抗予選や都市対抗の本戦、その後のオープン戦でも意識して、クリアしていこうと思っていたんですけど、日本選手権でもまたその課題が出てしまった。それは2020年の課題だと思っています。今年はそういう反省が出てはいけないと思っていますし、これを乗り越えたいです」

大竹飛鳥、沼田優雅、末永彰吾といった先輩達の投球を見ながら感じる事もあった。

「日本選手権だけでいえばバッターを見れていなかったと思いますね。結果として全部相手打者を追いこんでから打たれているので…。バッターの頭にある球、待っている球を全て対応されてしまいました。

それは選択したボールのミスでもあります。ただガムシャラにキャッチャーが出したサイン通りに投げるのではなくて、自分も相手打者を観察して投げなければいけないと感じました。そこはもっと感性を磨かなければいけないですし、単純に自分の持ち球だけで勝負出来る甘い世界ではないんで、より頭を使って、目を使って、色んなことを感じた上で勝負する。そこを磨かなければいけないと思います。

大竹さん、末永さん、沼田さんとかは、そうしたことが当たり前のように出来ている人達なので。だから、あの歳まで野球を続けられているんだと思うし、マウンドで自分と勝負しているのではなく、あくまでバッターと勝負する。今年はそこを意識したいですね」

新型コロナウイルスの感染拡大もあって、今夏に予定されていた日本選手権は中止が決定。プロのスカウトにアピールする場は限られてしまっている。

「体の状態でいえば昨年の都市対抗も、日本選手権もどちらとも良かったんです。体の状態は良いのになんで自分の最速に近いボールが投げられなかったのかなと考えたら、やはりフォームが安定していなかったり、緊張して本来使えていた体の箇所が使えていなかったり、動き自体が悪くなっていたりしたと思うんです。

それは普段の練習の段階から体に染み込んでいないからだと思いますし、その意識が低かったのかなと思いました。そこが自分のまだまだ未熟な部分なのかなって…」

それでも佐々木は、取材の最後に力強い言葉でこう締めた。

「昨年一年間、先発として使っていただいて結果は出ていないですけど、監督をはじめスタッフの方も思っていることがあると感じています。今年に入ってから『エースとは』と言う言葉を安田さんからもたびたび言われています。僕ももちろん主戦として、投手陣のメインとして回って行きたいと考えていますし、その意味では『エース』という言葉を意識していきたいと考えています。

春先に怪我をしちゃって、目標とは違う所から今年一年がスタートしちゃったんですけど、イチ若手のピッチャーではないんだぞってところを今年一年間見せて行きたいと考えているので、気持ちの中では自分がチームの中心として回って行けるよう、ここから力入れて行こうと思います」

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