1回戦で聖光学院に敗退

第104回全国高等学校野球選手権の1回戦で日大三は聖光学院に2対4で敗れた。チームを率いる小倉全由監督は、選手たちが高校野球で完全燃焼するために必要なことがあると考えている。

『コロナに翻弄された甲子園』(双葉社)の小山宣宏氏は、同書と『一生懸命の教え方』(日本実業出版社)で小倉全由監督に30時間近くに及ぶインタビューのなかで、小倉がどのように選手たちを見続けてきたのか、これまでについて聞いた。

一生懸命、野球に取り組む

甲子園に出場したチームと出場できなかったチーム――。彼らを長年見続けてきた小倉にすると、ある共通点があるという。それは「悔いなく一生懸命、野球に打ち込んだこと」だった。

厳しい練習と実戦経験を積み重ね、課題が見つかればそれをどう解消していくのか、個々で考える。チームプレーで同じミスが露呈した場合は、選手全員でミスを防ぐ方法を考え、練習や試合で試していく。

こうしたプロセスを小倉は見続けてきたので、夏の西東京予選で負けてしまっても、選手を責めるようなことは一切しない。選手にだって悔しさはあるものの、時間が経つにつれ、「高校野球をやり切った」という達成感と充実感にあふれていく。

それにどんなにベストメンバーを揃えたところで、必ず勝てるわけではない。大事な場面でエラーをしてしまい、1点失ってしまった。これが命取りとなって、敗退してしまうということだって実際にあった。

反対に「このチームは、甲子園に出場した歴代のチームと比較しても、劣っているんだよな」と内心思っていても、いざ西東京予選が始まると、あれよあれよという間に勝ち進み、気づけば決勝戦も勝って甲子園出場を決めた、ということも実際にあった。

だからこそ小倉はこう力説する。

「勝ったら素晴らしいチームだった、負けたからダメだった、なんていうことは絶対にありません。大切なのは、日大三高の野球部で2年4カ月から5カ月の間、一生懸命悔いなく野球に打ち込むこと。その姿勢が見て取れれば、私は十分だと思っています」

先輩から後輩に受け継がれる伝統

日大三高では、卒業して大学で野球を続けているOBがグラウンドに来ては、後輩たちの練習の手伝いをしてくれることがたびたびある。OBたちは甲子園に出場した、しないに関わらず、話をすると全員こう言ってくれる。

「当時は厳しく感じることもありましたが、時間が経って今になって振り返ってみると、充実した時間を過ごせていたと感じることのほうが多いんです」

彼らの言葉に偽りがないことは、卒業した後にグラウンドにやってきてくれることが何よりの証拠である。もし、高校時代の野球生活が充実していなかったら、あるいは窮屈で苦しい思いしかなかったと考えていれば、卒業してから後輩たちの手伝いをしようなどとは考えないはずだ。

以前、小倉が注目していた、他校のあるスラッガーが大学に進学したと聞き、その後の成長を楽しみにしていた。だが、しばらくするとその選手の名前をパタッと聞かなくなった。

その選手のことをよく知っている、同じ学年の教え子に聞くと、こんな答えが返ってきた。

「ご存じなかったんですか?大学の野球部に入ってしばらくしたら辞めてしまったんですよ」

また、将来有望だった、他校のある大型投手は大学に進学したものの、野球をやっているという話が聞こえてこない。その投手のことをよく知っている関係者に聞くと、

「『野球は高校まででもういいです』と言って、大学では野球をまったくやっていなかったんです」

小倉は残念がっていた。せっかく素晴らしい才能を持っていたにもかかわらず、そのような結果になってしまうと、同時に「彼らは高校野球を完全燃焼できたのだろうか?」という素朴な疑問まで浮かんできてしまった。

「甲子園に出場しようがしまいが、三高では先輩が『一生懸命、悔いなく野球に打ち込む姿勢』を後輩に見せ続けていけたからこそ、それがいい意味での伝統となっているのだと思います。大学に進学してからも後輩たちのサポートを惜しまない形ができているのは、指導者冥利に尽きますね」

こうした日大三の伝統は、これから先もずっと継続させなくてはならない。そのためにも監督である小倉自身が、「一生懸命取り組む大切さ」を説いていく必要があると、あらためて感じている。

コロナに翻弄された甲子園

Ⓒ双葉社


「一生懸命」の教え方

Ⓒ日本実業出版社


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