2023年5月2日(火)、歌舞伎座で『團菊祭五月大歌舞伎』がはじまった。昼の部は『寿曽我対面』、「十二世市川團十郎十年祭」として『若き日の信長』、さらに初代尾上眞秀初舞台の『音菊眞秀若武者』の3作、夜の部は『宮島のだんまり』、『達陀』、『梅雨小袖昔八丈 髪結新三』の3作。昼夜ともに、九世團十郎と五世菊五郎を顕彰する『團菊祭』にふさわしい演目が並び、歌舞伎座は大いに賑わった。初日の模様をレポートする。

昼の部

■寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)

曽我兄弟の仇討ちの物語。弟の五郎を尾上松也、兄の十郎を尾上右近がつとめる。舞台は工藤祐経(中村梅玉)の館。工藤は、源頼朝から巻狩りをとりしきる大事な役目を仰せつかった。そのお祝いに大名たちが集まっている。工藤は家臣の近江小藤太(中村亀鶴)と八幡三郎(中村莟玉)を従え、舞台下手には小林朝比奈(坂東巳之助)、上手に梶原景時(大谷桂三)と景高(中村吉之丞)親子。傾城の大磯の虎(中村魁春)と化粧坂少将(坂東新悟)が宴に華を添える。一人ひとりの登場に大向うがかかる。絢爛な舞台、衣裳、俳優のまとう空気が拍手を起こしていく。

そこへ工藤を親の仇とする十郎・五郎兄弟がやってくる。目元の隈取が映える五郎は、今にも飛びかかりそうな気迫。盃を受け取り、手足を伸ばす形は力強く、「いやだいやだ」と駄々をこねるリアクションには愛嬌があった。十郎の声は柔らかくもはっきりとした輪郭で、抑えた中に心の動きをみせる。ほんのり紅潮した面差しは、少年っぽくもあり色っぽくもあった。兄弟と工藤をつないだ朝比奈は、他の大名とは段違いの余裕のある佇まい。朝比奈が動くと物語が動き出すようだった。梅玉の工藤は、写実的な佇まいを様式美とともに立ち上げる。そこへ鬼王新左衛門(大谷友右衛門)が、大事なアイテム「友切丸」を手に駆け込んできて……。古典歌舞伎ならではの役の個性が、キャストの魅力を一層光らせる、祝祭感に満ちた幕開きとなった。

■若き日の信長

小鳥のさえずりで幕が開くと、山里の丘の上に大きな柿の木。織田家の菩提寺では、先代の城主の三回忌が行われているという。村人と旅姿の僧が、当代の殿さま・織田信長(市川團十郎)の話をしている。本作は、桶狭間の戦いで今川義元軍に勝利して名を挙げる直前、「大うつけ」等と呼ばれていた青年時代の織田信長が主人公だ。

旅の僧侶は、実は今川義元の間者で軍師の覚円(市川齊入)。織田家家臣・林美作守(片岡市蔵)と裏で繋がっている。ふたりが密談をしていると、木陰から様子を見る者がいた。人質として織田家に預けられている、山口左馬之助の娘・弥生(中村児太郎)だった。弥生はつい目を奪われる美しさ。視線を落としてものを思う姿も湿っぽさはなく知性を感じさせ、信長への恋心を打ち明ける表情には春の息吹のような生命力があった。

村の子どもたちが賑やかにやってくると、その中に信長もいた。まるでガキ大将のような振る舞いだ。しかしすぐに、無邪気な「うつけ」とは違うことに気づかされる。言葉や視線は鋭く、内には尖ったエネルギーを感じさせた。物語が進む中で、それは悲しみや覚悟に形を変えながら、信長の大きさを形作っていく。序幕の野性味、中務政秀への涙、献杯する夜の孤独、大詰の覇気と風格まで途切れることなく、ひとりの信長としての成長をみせる。大佛次郎が十一世團十郎のために書いた役だというが、当代團十郎のために書かれた役のようだった。

中務に中村梅玉。3人の息子(市川男女蔵、大谷廣松、市川九團次)に語りかける姿から、忠義心や几帳面な性格を実にリアルに、軽やかなほど清々しく体現する。現代では理解しがたい武士の美学を、解像度高く想像させ、客席の涙を誘った。木下藤吉郎に市川右團次。温かく明るいキャラクターは芝居にリズムを生み、書院でじっと控える姿には、微動だにしないままに空間全体を引き締める強さをみせた。初演から70年たったとは思えない、今、この配役で観ておきたい一幕だった。

■音菊眞秀若武者(おとにきくまことのわかむしゃ)

初代尾上眞秀初舞台として上演される『音菊眞秀若武者』。脚本は今井豊茂、演出は眞秀の祖父・尾上菊五郎。開演前に、眞秀の門出の舞台を祝う特別な幕(祝幕)が披露され場内に拍手がおきた。ぱっと見は点描画のようだが、実際は丸いオーガンザが一枚一枚縫い付けられている。幕の開閉により動きが生まれ、場内は一層華やいだムードに。

物語の舞台は、菖蒲が咲き誇り、藤の花房が見事にたれ込める宴の場。大伴家茂(團十郎)が国守になったお祝いをしている。奥方の藤波御前(尾上菊之助)や重臣(坂東楽善、市川團蔵)、局の高岡(中村時蔵)たちが、腰元梅野(中村梅枝)たちの女歌舞伎を真似た踊りを楽しみ、舞台も客席もおめでたいムードでいっぱいに。そこへ剣術指南役の渋谿監物(坂東彦三郎)が愛らしい女童(眞秀)を連れてやってくる。

眞秀を大きな拍手が迎え、「音羽屋!」の大向うが次々にかかる。眞秀が演じるのは岩見重太郎。狒々(ヒヒ)退治の伝説に名前を残す豪傑がモデルだ。実は、女童は仮の姿。このあと重太郎は素性を明かし、村人たちを困らせる大狒々のバケモノ退治をかって出る。長坂趙範(尾上松緑)や手下の鷹造(坂東亀蔵)と戦うのだった。

眞秀はこれまでも、寺嶋眞秀としてのびのびと元気なお芝居をみせてきた。歌舞伎俳優の尾上眞秀となった今、明るさはそのままにキリっとした覚悟と集中力で、重太郎として舞台に立つ。女童の恥じらう演技では観客皆を笑顔にした。踊りから立廻りまで見どころに次ぐ見どころ。菊五郎、松緑、菊之助、團十郎と、團菊祭だからこそ叶う豪華な先輩俳優たちに埋もれることなく、幕切れはひとり幕外の花道へ。再び祝い幕が現れると、その豊かな色彩は眞秀のこれからの無限の可能性を寿ぐようだった。多幸感に満ちた拍手と大向うが降り注ぐ中、10歳の体で大きく溌剌と六方をふんでみせた。新しい世代の活躍に、歌舞伎のこれからが一層楽しみになる「昼の部」だった。

夜の部

■ 宮島のだんまり

夜の厳島神社を舞台に、平家の白旗を奪い合う『宮島のだんまり』。舞台に広がる海を背に大薩摩ではじまる。セリ上がり現れたのは、中村雀右衛門の傾城浮舟太夫。その両サイドには中村又五郎の畠山重忠と尾上右近の大江広元。浮舟太夫が、実は盗賊の袈裟太郎という設定だ。

平家方の典侍の局(中村梅枝)、悪七兵衛景清(中村歌昇)、相模五郎(中村萬太郎)、白拍子祇王(中村種之助)、御守殿おたき(中村歌女之丞)がぞくぞくと現れ、若衆の浪越采女之助(中村東蔵)が加わる。さらに宮島にゆかりの深い平清盛(中村歌六)も登場。ゆるやかなテンポの中で形を決めてみせ、華やかに入り乱れ、現実から切り離されたような時間が流れた。袈裟太郎は妖術で一度どこかへ消えてしまうが、再び現れる。幕が閉じたあとの花道では、ぐっと力を込める息に色気があった。上半身が盗賊で、下半身は傾城。ツケが打ち上げられ、花魁道中のような外八文字の足運びではじまる「傾城六方」は禍々しくも艶(あで)やかだった。

■達陀(だったん)

『達陀』は東大寺二月堂で行われる「お水取り」を題材にした舞踊作品。静謐な幕開き、幻想的な舞踊、総勢40名に及ぶ力強い群舞など、その見どころを尾上松緑と尾上左近へのインタビューとともに、別記事にてお届けしている。

▼『達陀』で「機能美を追求したい」尾上松緑×尾上左近インタビュー〜歌舞伎座『團菊祭五月大歌舞伎』に約40名の圧巻の群舞!(https://spice.eplus.jp/articles/317840)

■ 梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう) 髪結新三(かみゆいしんざ)

『髪結新三』の通称で愛される、河竹黙阿弥の名作世話物だ。今年は黙阿弥没後130年。そして『髪結新三』初演から150年の年になる……と教えてくれたのは、冒頭に登場した黙阿弥の弟子・蔦三(市川蔦之助)だ。主人公の新三の職業は「髪結」。今で言う出張美容師だと説明し、登場人物をおおまかに解説。親切なイントロダクションで幕が開いた。

材木問屋白子屋には、美人と評判の娘・お熊(中村児太郎)がいる。母(中村雀右衛門)はお熊の縁談を進めているが、お熊は納得しかねる様子。奉公人の忠七(中村萬太郎)と密かに将来を約束しているからだ。忠七との駆け落ちを望むお熊だが、忠七は店への恩もあり、縁談に応じるようお熊を説得する。そこへ新三(尾上菊之助)がやってくる。立ち聞きで事の次第を把握すると、新三は、忠七の髪を手入れしながら「男を見せてやれ」と駆け落ちをすすめる。さらに身の置き場に困るなら、自分の長屋へ来るよう提案。その夜、お熊は駕籠で新三の長屋へ。忠七は新三と長屋へ向かう。

しかし永代橋の川端まで来たところで、忠七は、新三にこてんぱんにされてしまう。実は新三は、身代金目的でお熊を誘拐したいだけだったのだ。新三はお熊を手ごめにした挙句、押し入れに監禁してしまう。人情噺のようにはじまり、ハードボイルドな展開へ。たしかに新三は、揚幕から登場した時も、舞台まで客の文句ばかりを言っていた。白子屋での無遠慮な振る舞いも気になった。髪結の仕事の手際の良さや調子の良さ、粋な姿や色気にばかり目を向けていたが、新三は相当“ふてぇ野郎”なのだ。お熊を監禁している長屋で、弟分の下剃勝奴(尾上菊次)と旬の鰹に胸を躍らせ、鉢植えを愛で、江戸っ子のアーバンライフを謳歌する。

川端に置き去りにされた忠七は、失意に詩情が溢れ印象的だった。事態を収めにきたのは弥太五郎源七(坂東彦三郎)。はじめこそ新三たちに親分としてもてなされるが、勢いは逆転して源七は精彩を欠いていく。新三の痛快さの裏に苦みが残り、大詰「閻魔堂橋の場」に必然性とドラマの厚みに繋がっていた。

新三、無敵……と思ったところにダークホースが現れる。長屋家主の老夫婦、長兵衛(河原崎権十郎)と女房おかく(市村萬次郎)だ。長兵衛は、したたかだけれど嫌味のない物腰。新三も客席も翻弄し、リズミカルにくり返す「鰹は半分もらったよ」のフレーズで一体感を生む。芝居の色が変わっていく。新三が戸惑う姿にも可愛げがあった。

イントロダクションでは、観劇のヒントにとある視点の提案があった。観劇中は世界に引き込まれて忘れていたけれど、歌舞伎座からの帰り道、物語を辿り直すきっかけとなった。すぐにもう一度見たくなる、『團菊祭』の結びにふさわしい『髪結新三』だった。

歌舞伎座新開場十周年『團菊祭五月大歌舞伎』は、5月27日(土)まで。

取材・文=塚田史香

※公演が終了しましたので舞台写真の掲載を取り下げました。