NODA・MAP第27回公演『正三角関係』(作・演出:野田秀樹)が、2024年7月〜11月、東京、北九州、大阪、そしてロンドンでも上演される。ドストエフスキーの名作『カラマーゾフの兄弟』をモチーフに、とある時代の日本の花火師一家の話が繰り広げられるというから、期待せずにはいられない。しかも三兄弟のうち、花火師の長男を演じるのは、満を持してNODA・MAPに初参加する松本潤。物理学者の次男は『MIWA』と『逆鱗』に続いてNODA・MAP 3作目となる永山瑛太、聖職者の三男は『THE BEE』でNODA・MAP番外公演を経験している長澤まさみ、と、なんとも豪華な顔合わせ。さて、どんな作品になるのだろう? すでに数回行われているというワークショップの手応えは? 野田と三人のキャストに話を聞いた。
 

――まずは、前作『兎、波を走る』の発表前から、2年続けて新作を上演すると宣言されていた野田さんにお伺いします。今回の新作『正三角関係』の構想期間はどれくらいなのですか?

野田 去年『兎、波を走る』を書いている時から、次はここに行こうかなと考えてはいました。その時点では自分の中に方向性が違うアイデアが二つあったので、どっちがいいかなあと思いつつ、配役や『カマーゾフの兄弟』のことも考えたりしながら、一つのほうに来たという感じです。ちなみに、『兎、波を走る』の拉致事件、『フェイクスピア』の日航機墜落事故というように、事件みたいなものを扱った作品とは、またちょっと違うものになっています。


――『カラマーゾフの兄弟』をモチーフにするという発想は、どういったところから?

野田 20代の頃、私にもドストエフスキーの『罪と罰』や『白痴』や『カラマーゾフの兄弟』を読んでいた時代があったんだけど、たぶん集中力なく読んでいたんだろうね。『カラマーゾフの兄弟』には「ラストが不明」という印象があって(笑)。それで今回、キャストのことを考えながら『カラマーゾフの兄弟』を読み返してみたら、相変わらずラストは、一筋縄にはいかないのですが、非常にハマっていったんです。まず、殺される父親は竹中直人さんにぴったりだし、長男は前から「一緒に舞台をやるなら、バタくさい役がいいよね」と本人にも言っていた潤、無神論者でインテリの次男は、ちょっと新鮮な感じで瑛太。で、いちばん心の綺麗な人として描かれている三男をまさみちゃんにして、捉えがたい女性の役もやってもらうと、ばっちりハマるなと。そこに『カラマーゾフの兄弟』とは別に考えていた花火師の話を融合させて、唐松という家、つまり唐松族という花火師の話にしたわけです。

――なるほど。松本さん、永山さん、長澤さんは、今回のご出演にあたって、どんなことをお感じですか?

松本 僕は、いつかNODA・MAPさんに参加できたらとずっと思っていたので、野田さんからお話を伺ったその場で「ぜひチャレンジさせてください」と二つ返事でお受けしました。ただ、その時は「花火師の話で、それと絡むベースの話が別にある」とだけ伺っていたので、それが『カラマーゾフの兄弟』だと知った時はびっくりしましたね。なかなか複雑というか、難易度の高いものになりそうだなと。実際、ワークショップの感触として、これは大変だなと感じてます。(笑)でも、うまくいったら傑作になるだろうなとも思ってます。


永山 僕はもう野田さんの信奉者なので、また呼んでいただいて本当に嬉しかったし、ありがたいです。野田さんは僕の畏敬の対象といいますか、神様みたいな存在ですから。一方で、冠婚葬祭で会う親戚の方みたいな感覚もあるんですけど(笑)。

野田 なんだよ、それ(笑)。

長澤 私は『THE BEE』(2021年)で初めて野田さんの作品に出演させていただいて、いつか野田さんが作る大人数のお芝居にも参加してみたいという思いがあったので、それが叶って本当に嬉しくて。松本さんと瑛太さんとご一緒できると聞いて、さらに嬉しかったです。私がNODA・MAPに出るきっかけを作ってくれたのは、瑛太さんなんですよ。

松本 へえ! そうなんだ。

長澤 『逆鱗』(2016年)を観に行った時に楽屋に挨拶に行ったら、瑛太さんが廊下を歩きながら「この人、ワークショップに出たいそうです!」と言ってくださって(笑)。そこから本当に道が開いていった感じがあって。

永山 俺、そんなことしたっけ?(笑) ……でも、それがきっかけになったのなら、すごく嬉しい。まさみちゃんは、20代前半ぐらいの時からいろんな作品を一緒にやらせてもらってきた友達というか、同志。こうしてNODA・MAPで共演できることに、すごくご縁を感じます。

松本 いいこと、したね。

永山 そういう潤くんは、『MIWA』も『逆鱗』も初日に観に来てくれて、終演後の初日乾杯も一緒にして。自分の中では、NODA・MAPに一緒に出てたんじゃないかって思うくらい、いつも一緒にいるような感覚があります(笑)。

松本 出演もしていないのに初日乾杯に参加しちゃって、すいません(笑)。でも考えてみたら自分が20年くらい前に野田さんのワークショップに初参加した時も、瑛太くんと一緒だったかも(笑)。

永山 そんな感じで、お互いに距離を詰めるとか気遣いみたいなものが既に要らない三人なので、期待値も上がってます。次に行ける準備はもうできているというか。

長澤 お二人とも先輩ではあるのですが、私も遠慮しないで飛び込める安心感がすごくあります。まさか三兄弟をやるとは思いもしなかったですけど(笑)、この空気感で、お稽古で毎日良い時間を過ごしていったら、いい感じにできるんじゃないかな、いいことが起きるんじゃないかな、という気持ちです。


――松本さんは今回が13年ぶりの舞台出演になりますね。野田さんとの出会いは、どういうものだったのですか?

長澤 えっ、13年ぶりの舞台!?

松本 そう。だからもう初めてみたいなもんだよ(笑)。野田さんと初めてちゃんとお話しをさせていただいたのは、(故・十八代目中村)勘三郎さんたちと三社祭の帰りにご飯を食べに行った時ですよね? 勘三郎さんの許にプライベートで仲間が集まる面白い会があって。

野田 その後、蜷川(幸雄)さんが私の『白夜の女騎士(ワルキューレ)』を潤の主演で演出した時に観に行って、そのまただいぶ後に『ボクらの時代』というテレビのトーク番組の年末スペシャルに、この三人で出たんだよ。俺だけ世代が違うのに(笑)。

松本 瑛太くんと僕がドラマ(2013年『ラッキーセブン』)で共演するタイミングで『ボクらの時代』に出ることになったんだけど、瑛太くんが「もう一人のゲストが野田さんじゃないと出ない」と言ってるらしいと(笑)。それを野田さんに伝えたら、出てくれることになって。

永山 俺はそんなこと言ってない……と思う。

野田 覚えていないんだ(笑)。潤が蜷川さんの演出する寺山修司の『あゝ、荒野』(2011年)をやったのは、その前だよね? 「一緒に舞台をやるなら、潤はもう絶対にバタくさい役だな」って話をしたのは、それを観に行った時だと思う。「マドロスの役とか、いいね」って、ちょっとイメージしたりして。

――すでに一緒に作品づくりをしている瑛太さんと長澤さんに対しては、野田さんはどんな印象がありますか?

野田 瑛太は『MIWA』の頃は可愛かったね(笑)。セリフを発すると、とても正直な言葉として聞こえてくる印象があって、『逆鱗』の時は“あて書き”とまではいかないけど、それに近いイメージで書いたと思う。これは俺の癖というのかな。一度一緒に仕事をすると、その人の声とか立ち姿が脳内に残るんだよね。別に意識したわけじゃないんだけど、今回のまさみちゃんの配役も、考えてみれば『THE BEE』でやった凛々しい警官役と小古呂の妻役に繋がってるかもしれない。

――お三方とも、すでにプレ稽古のようなワークショップに参加なさっているそうですね。ワークショップでのお互いの印象を教えてください。

松本 瑛太くんは、すごく自由だなという印象です。発想も身体表現もオリジナリティがあって、その場をすごく楽しんでいる感じで、その感覚的なものと度胸と身体表現がすごく面白い。

野田 ヤケクソなんだよね?(笑)

永山 自分で1回リミッターを外して開放させないと、僕は舞台ができないんです。特にNODA・MAPさんの舞台は羞恥心とか遠慮があったら絶対できないというか、次に行けないから。


松本 見ていて、それがすごいなあと思う。まさみちゃんは、まだ台本もない状態なのに、すでに二つの役柄の人格が全然違って見えるのが面白くて、さすがだなあと思っています。

長澤 嬉しいです(照笑)。松本さんは、新しいものに対する探求心が強くて、お芝居や表現に関する知識も豊富というイメージがあって、すごく頼りになる存在です。ご自分では「せっかちなんだ」とおっしゃっていましたけれど、いつも先頭を切って周りを引っ張ってくれる感じが頼もしくて、自然とついていきたくなります。

松本 いやいや、今回は僕がお二人についていきますから。引っ張ってください!

長澤 いえいえ、そんな。瑛太さんは、みんなを垣根なく巻き込む人という印象です。それこそ『逆鱗』の楽屋裏での「この人、出たいんだって!」と同じように、いつも「面白いことやろうよ」「映像とか舞台とか関係なく、みんな仲間に入っちゃいなよ」みたいな雰囲気があって。お二人とも、みんなをまとめたり、やる気にさせたり、巻き込んでいくことがすごく得意な印象があるので、楽しい稽古になりそうだなと思っています。

永山 潤くんは芯が強くてブレない印象があります。それは自分にはないものだから、いろんな角度から突っついてみたくなるんですよね。どこか甘えさせてもらっているのかもしれない。ワークショップを見ていても、潤くんが動いて言葉を発すると、すごく説得力を感じるんですよ。そもそもの存在感の大きさが、他の人とちょっと違うというか。だから自分がそこに立った時、余計に「俺、細いなぁ」と思っちゃって。もっとたくさん食べて、体をデカくしようかなって。

長澤 そういうこと?(笑)

永山 いや、もちろん肉体だけじゃなくて、人としての大きさね(笑)。やっぱりコンサートなどで、ものすごい数の人の前に立ってきているからだろうなって思いますね。

野田 瑛太とまさみちゃんの存在感も素晴らしいよ。でも、瑛太の言ってることは、ちょっとわかる。こういう言葉、潤は嫌かもしれないけど、いわゆる“センター感”があるよね。

松本 ないです(笑)。

長澤 ありますよ。

永山 あるある。戦隊モノで言うとレッドだよね。俺は緑ぐらいだもん。青にも行けない(笑)。

一同 (爆笑)


永山 まさみちゃんは、野田さんの提案で、ワークショップでいきなり早回しみたいな動きをやって見せることになった時の印象がすごく強いですね。僕はその日からの参加で、体を動かすのも久しぶりだったから、横にいたまさみちゃんに「できる?」って聞いたら、「できるじゃない。やるんだよ」って言われたんです。

松本 カッコイイ!

永山 僕はもう何も言えなくて。これはもうやるしかないと思っていたら、さらに「一緒にやろう」と言ってくれて。

松本 ますますカッコイイ!

長澤 でも実はそれ、一緒に出ちゃった方が瑛太くんに見られなくて済むと思ったからなんです(笑)。そんなこと言っちゃった手前、後から瑛太くんに見られるのも嫌だなと思って。

野田 そういうことか(笑)。

松本 めっちゃいい話が、ちょっと小さくなったね(笑)。


――ところで野田さん、今回はロンドン公演もありますが、作劇の上でその点は意識されたのでしょうか?

野田 意識しました。というか、ロンドンで“このこと”を語りたいなと思ったことが、作劇のベースになってます。

松本 へえ! そうだったんですね。

野田 イギリスの大きな劇場で芝居をやれるチャンスはそんなにないし、これまでの積み重ねがあって今ようやく、日本のオリジナルの作品をやっていいよっていう形になっているわけだから、やはり自分としては“日本の話ですよ”というものをちゃんと見せたい気持ちがあって。今回扱っている素材は『カラマーゾフの兄弟』の形をとってはいるけど、日本の花火師の話でもあるし、その先にあるものをイギリス人はどう感じるかな?というのは、とても興味のあるところです。

松本 花火のイメージも、日本と海外では違うでしょうしね。

野田 そうだね。そもそも、打ち上げ花火は海外にもあるけど、手持ちでやる花火は日本にしかない。あれは本当に日本の文化なんだよ。

――野田さんの近年の作品には幾つかのレイヤーがあって、徐々に核心に近づいていくような作りになっています。キャストの皆さんには“その先にあるもの”について、すでに話をされているのですか?

野田 この三人には話しました。潤とは、ワークショップでそのシーンを少し作ってみたよね。

松本 はい。もちろんそれについてはまだ喋れませんが、いろんな意味で、どういうふうに表現できるかなと思ってます。

長澤 私は野田さんから話を伺って、そういうことを伝えていく人はやっぱり必要だなと感じました。野田さんは、そこから目を逸らさないということなんだな、自分もそういうことに目を向ける人でありたいなって。


松本 まさみちゃん、結構掘るね。

永山 僕も、世の中を見る野田さんの観点みたいなものを今から共有していけるのがすごく楽しみです。『逆鱗』の時に、“今、何が起きているのか”を野田さんの観点で見ることができて、よかったなと思ったから。知らなきゃいけないことがたくさんあることにも気づかされましたし。


――ありがとうございます。最後に、改めて『正三角関係』への意気込み・抱負をお願いします。

松本 セリフを覚えて、どんなふうに作っていくのか……僕には未知数なことばかりですけど、みんなで一つずつ積み重ねていければと思います。野田さんにプレッシャーをかけるつもりはないんですが(笑)、早く台本が届くのが楽しみです。

長澤 私は舞台で今回のような別人の二役をやるのは初めてなので、気持ちの面も含めて、できる限りの準備をお稽古でしていきたいです。みんなで協力して見せる仕掛けみたいなものも多そうな気がするので、稽古場でいい時間を過ごして、息を合わせられたらなと思います。

永山 僕は『MIWA』の稽古の時、赤絃繋一郎の登場シーンで、お客さんに向かって側転してバク宙するふりみたいなことをやったんですね。野田さんに「それで行こう」とか「それ面白いね」と言われたわけではないんですが、自分としては、稽古でやったことは本番でもやり続けなきゃと思っているので、千秋楽までそれをやり続けました。でも逆に、稽古で出せなかったものは本番では出せないというのもあって、『MIWA』では「稽古でもうちょっとこうしておけばよかった」「もっと行けたんじゃないか」と思ったところもあって。なので今回は、とにかく稽古で出し切ろうと思ってます。本番で後悔しないように、もっともっとという気持ちで想像力を働かせて、集中して取り組んでいきたいです。

野田 まずは稽古が楽しみですよ。この三人だったら、それぞれの役を膨らませてくれるであろうと思っているんだけれども、それは期待というより予感に近い。ワークショップを見ながら「あ、いいな」と思ったものをもらって、台本をちょっとずつ書き進めてますよ。


――野田さんの役者としての抱負はいかがですか?

野田 そこはまあ、どうでもいいんじゃないかな。

松本 野田さん、急に声が小さくなりましたね(笑)。

野田 え、そう?(笑) まあ今回は今のところ、自分に関してはテンション抑え目で行こうかなと思ってます。『Q』では竹中さんと絡むシーンがほとんどなかったので、そういう場面はあるかもしれないな。

松本 台本を読むのが楽しみです。野田さん、よろしくお願いします!


取材・文/岡﨑 香  写真撮影/中田智章
スタイリング/伊賀大介(band)  ヘア&メイク/赤松絵利(ESPER)