例えば、CDのブックレットにつづられたセルフライナーノーツ、切符をもじった購入特典のステッカー、HPにMV、ポッドキャストetc……今作の取材のために用意されたアーティスト資料一つ取っても、それ自体が作品のような作り込み。「何か表現できる場があるなら、面白いことをやりたいというのは常にある」と松本ユウ(Vo.Gt)が語るそんな一つ一つのクリエイティブ、ジャケットに描かれた一両たりとも同じ色はない列車のように、さまざまな楽曲が入り乱れる人生の交差点のごとき最新作『Terminal』から、リュックと添い寝ごはんというバンドのスタンスと今を思い知る。前作『四季』より1年4カ月ぶりとなる3rdアルバムには、グッドミュージックの域に甘んじず、ポップミュージックという夢と対峙する、覚悟と変化が刻まれた全11曲を収録。現在、同作を引っ提げたリリースツアーを敢行中。よりリアルに、情熱的に、歌え青春狂騒曲。ネクストブレイクの呼び声を、プレッシャーではなく応える喜びに変えて。リュックと添い寝ごはん、松本ユウ&ぬん(Gt)インタビュー。

リュックと添い寝ごはん

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●『Terminal』では松本ユウ像がより分かる感じがします

――まずは大学のご卒業おめでとうございます(笑)。
松本:ありがとうございます(笑)。最初の1〜2年はコロナ禍で、大学生らしい生活も全然していなかったんですけど、逆にこれからの音楽の道において覚悟が決まった実感はありましたね。
――ちなみに、ぬんさんは年齢が一つ上ということは昨年、一足先に?
ぬん:それが僕、一年留年してイーブンに持ち込んでしまって、もうギリギリで……(笑)。
――そこも足並みがそろって真のバンドに(笑)。卒論とアルバム制作が並走したのは大変だったと思いますが、今作『Terminal』のリリースに向けた松本さんのコメントには、「ここ数年、やりたいこととできることのギャップに打ちひしがれる日々が続いていました」とあって。Xを見ていても、「僕は誰からも必要とされてないと感じる時がある」と、不安に襲われたことも吐露していましたね。
松本:それが日常茶飯事みたいなところもあるんですけどね(苦笑)。ただ、不安を表に出すことへの抵抗はあったので、そこをちゃんと音楽に昇華していきたいなと。前作『四季』では物足りない感覚がちょっとあって、自分が表現したいものを120%出せているのかと考えると、まだまだできるなと。『Terminal』にはそれをぶつけた感じですね。
――前作は愛がテーマということでしたが、今作は?
松本:リアルと怒り、あとは不安……自分の中で隠していた部分がテーマでした。
ぬん:確かに、今までは大衆に向けていたのが近く感じるというか、『Terminal』では松本ユウ像がより分かる感じがします。
――メンバーから見た人間・松本ユウに、音楽自体も近づいたということですね。

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●時折、人生において変わらなきゃいけないタイミングを感じていて、それが今なのかなって

――そういう意味でも、今作ではやはり「反撃的讃歌」が転機の一曲に感じます。グサッと刺さるラインも多いですね。
松本:収録曲の中でまず「反撃的讃歌」がリリースされた=自分のリアルな中身を出そうとかなり意識して作った一曲目なので、世間に対する不満だったり、自分が思うことをハッキリ伝えられているのかなと思います。
――この曲のライナーノーツには、「自分は何か行動するとき、リスクから考えてしまう」とありましたが、ミュージシャンという職業を選んだ人とは思えない感じも。
松本:僕は自分が大好きな故に、自分がケガをしないように、一番ダメージを負わない選択をしてきたところがあるので、そこを一回忘れようと。高校の頃から時折、人生において変わらなきゃいけないタイミングを感じていて、それが今なのかなって。
――流行という最大公約数を目指して周囲の顔色をうかがうのではなく、多少いびつでもそこにしかないオリジナルのアイデアを出せるのか。そういう覚悟が伝わる一曲だと思いました。
松本:これはもう音楽以外のいろんな面においてもそうなんですけど、<流行り物ばっかり並べて>聴かれるようになってしまった現状を、僕らが少しでも変えられたらいいなという気持ちで作りました。
――<いつでもスタートラインは エゴの中から>、<取りこぼした水滴なんかはいいから/掬い出せ 広がるアイデアを>なども人生のヒントになる一節だと思いますし、音においても言葉においても、バンドが確実に一段上がったアルバムになりましたね。
ぬん:バンドが着実に成長しているのは感じていたんですけど、さらに今作はみんなでコミュニケーションを取って作れたアルバムなので、メンバー同士、相乗効果が起きたんじゃないかな。
松本:例えば、「反撃的讃歌」のAメロはブレイクが多いんですけど、僕は元々、それがない方が聴きやすいんじゃないかと思っていたんです。でも、ヒデ(=堂免英敬/Ba)はやっぱり必要だと。そのとき、僕のルーツである星野源さんの「アイデア」という曲のアレンジを思い出して、Aメロが普通に流れてしまうとよくある一曲になってしまうなと思ったので、これも「リュックらしさ」かもなと考え直したんですよね。
ぬん:ヒデさんはそんなに意見を言うタイプではなかったんですけど、今回のアルバムのために合宿したりスタジオに入ったりした中で、たくさん案を出してくれて。それをみんなでかみ砕く作業があったのはデカかったと思いますね。
松本:1曲目の「Attention」というSEも、ヒデがビートを全部作ってくれて、後からナレーションを入れて。

――アルバムの最初と最後にSEを入れるのは目新しいことではないですけど、サブスクの時代にアルバムを出す意義として、コンセプチュアルかつ、つかの間の非日常を演出するのに効果的な手段だなと、改めて思いましたね。

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●「天国街道」はライブで初見の人が飛び上がるほど盛り上がる曲

――そして、オープニングのSEを受けて始まるのは、能天気な中華ダンスミュージック(笑)「天国街道」というギャップもインパクトがありますね。
松本:「天国街道」はまだリリースをしていないときから、ライブで初見の人が飛び上がるほど盛り上がる曲で。パワーがあるので2曲目に持ってきました。
――台湾旅行時のフィールドノイズから大正琴の音まで入っていて。こういう情報量が多過ぎて笑えるぐらいの曲もアリですね。
松本:本当にてんこ盛りな一曲で、まずはこういう曲を作ってみないと引き算し切れないというか、100%やり切ってからシンプルにしていく方が僕らには合うのかなと思って。
――長尺のギターソロも、終わるのかなと思いきや、もう一回行くんかいという流れで(笑)。
ぬん:今までで一番お気に入りのギターソロです(笑)。練習しながらとりあえず適当に弾いて、良かったフレーズを抜粋して作っていくのが僕のやり方なんですけど、これは丸2日間考えて……なのに、レコーディングの本番で!
松本:「2周目の入り方、もうちょっと別のはない?」って(笑)。
ぬん:プレッシャーがハンパなかったですよ。
――この曲で描かれている天国というキーワードは、例えば大学に行って、就職して、結婚して、子どもができて、家を買い……という人生が天国だと思う人もいれば、そういうお決まりのレールを地獄だと思う人もいる。ただノリのいい曲では終わらせないメッセージです。歌詞の<昨日(いま)>も、今を=過去と記した、前のめりな焦燥感が新しいなと。
松本:リュックではずっと「今」を歌い続けてきたんですけど、ここに関しては直感的にそうしたんですよね。それ以外は浮かばなかったというか。

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●行動しないと何も変わらない

――今作には初のドラマタイアップ曲「Be My Baby」も収録されています。この曲の制作が行き詰まったとき、刺激を求めて唐突に三重県の伊勢に行ったらしいですが、こういう裏話を知ることができるのがライナーノーツの良さで。この曲から伊勢のフレイバーを感じ取ることは絶対にできないから(笑)。
松本:ですよね(笑)。同時期に「反撃的讃歌」を作っていたタイミングでもあったので、「変わらなきゃ」という思いがずっとあって。行動しないと何も変わらないのは、20歳になってより感じるようになりました。お酒を飲んで出会う場が増えてから、自分が足を運んだ先でいろんなつながりができることが多かったので、行動することは常に頭の中にありましたね。
――わざわざ伊勢まで行って書けなかったら最高に面白いなと思ったんですけど、書けるもんですね(笑)。
松本:いやでも、日帰りだったんですけどなかなか書けなくて、(終電が迫って)ヤバいと追い込まれたときに何とかできました(笑)。
――「この人と一緒になれなくても、こう思える人が人生にいただけで幸せだな」と思うような純度を感じる一曲です。MVはイメージが違い過ぎてビビりましたけど(笑)。他に収録曲の中で個人的に気に入っている曲はありますか?

松本:「long good-bye」は強く心に残っている曲ですね。
ぬん:僕も大好きな曲です。乗り物に乗りながら聴くと情景がすごく見えてくる曲で、何回でも聴きたくなります。
――この曲は、<風街>や<トレイントレイン>と歌詞にちょっとした遊び心も感じさせつつ、遠距離恋愛とも、死別とも、夢を追いかける人を応援するためにあえて身を引くとも、いろんな風に取れる曲で。「人生で初めて涙を流しながら書き切った曲」ということで、かなり思い入れのある曲ですよね。
松本:歌詞もレコーディング直前まで書いて……いろんなシチュエーションの別れを想像しながら作った、一番感情移入できる曲かもしれないです。
ぬん:他にも、「Dreamin' Jungle」は1stアルバムの『neo neo』を作っているときにはもうあった曲で、作ってはボツ、作ってはボツにと……。
松本:自分の好きなものをインプットできてはいるけど、アウトプットできていないというか……曲に起こせていない感覚があったので、ずっと引っ掛かっていて。
ぬん:結果、最初に作った頃よりパワーアップしたし、自分のギターもすごくチャレンジしたつもりなので、そういう面でもお気に入りの一曲ですね。
――ギターソロの裏で鳴っているベースもクールで、ルーツを感じさせる曲ですし、フィクションな世界観もいいなと。

松本:僕もそこは意識しました。と言うのも、大学の授業で自分の好きなものを研究できたんですけど、僕は「ヴェイパーウェイヴ」(=2010年代初頭に生まれた音楽ジャンルで、過去に大量消費されたものへの郷愁、資本主義や大衆文化への批評や風刺が特徴)を選んで。80年代の日本の音楽やシティポップを調べていく中で、僕が感じたどこか不思議な感覚を踏襲したくて楽曲に詰め込んだら、結構フィクションみが出ましたね。
――「恋をして」もまさに東京住みから生まれるポップミュージックだと思いますし、深夜に環八を歩いている際、不意に叫びたくなったときに生まれたという歌詞も、めちゃくちゃ青春だなと。大人になったら、「あいつ何やねん!」と叫びたくなることはあっても(笑)、溢れんばかりの気持ちでそうなっちゃうことはあまりないと思うので。

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●このアルバムを作って、胸を張って「今の自分です」と言える

――「アルバムに一曲は面白い曲を入れたい」と毎回言ってましたけど、それで言うと……?
ぬん:「Pop Quest」ですかね。ボーカルのオートチューンも、レコーディング中にエンジニアさんと話していたとき、「試しにかけてみようか」ぐらいの感覚でやってみたらすごくマッチして、「これしかない!」みたいな。
――<このままアウトサイダーでいいんですか?/新進気鋭のポップスター/憧れのままじゃ嫌ね>というフレーズは、バンドの現状にも似ていて。そういう意味でも、今作ではパーソナルな部分がより出ていますね。「未来予想図」はカロリーメイトとのWEBタイアップだけあってか、消費カロリーが歴代で一番高いと(笑)。
松本:本当にそうですね。作るのも歌うのもそうでした……。
ぬん:ライブで一回やったとき、キーも高いわ速いわで、すっごいしんどそうで(笑)。
松本:一本のドラマを見ているぐらいのカロリーというか、自分の頭の中で広がる情景が多いのもあるんだと思います。チームがタイアップをたくさん取ってきてくれたおかげで、今作ではいろんなテーマに向き合えて楽曲を作れたので、すごくありがたかったです。
――そして最後は、『Terminal』というアルバムにピッタリなタイトルの「車窓」という弾き語りと、エピローグ的なSE「Information」と、本当にさまざまな角度からバンドを切り取った一枚になりましたね。
松本:このアルバムを作って、胸を張って「今の自分です」と言えるなと思いました。ずっと殻に閉じこもっていた僕が、本当の自分を見せる瞬間がこのアルバムには入っている。自分はあまり言葉にしないタイプなので、感謝を歌に乗せて伝えている感覚にも近いですね。
ぬん:完成してようやく肩の荷が下りました。この『Terminal』は僕にとって、いろんな人に薦めたい、自信を持って聴いてもらいたいアルバムになったので。
――いよいよリリースツアーもスタートしましたね。
ぬん:ドキドキとワクワクが詰まったツアーになると思います。心機一転じゃないですけど、自分たちをもっと出せる楽しいライブにしたいので、ぜひ皆さんに来ていただきたいです。
松本:自分たちがどこを目指しているのか……例えば、東京・日比谷野外大音楽堂だったり、大きいステージに立ちたいので、お客さんにもイメージの共有をしていきたい。アルバムで自分をさらけ出したように、ツアーでもさらけ出していきたいです!

取材・文:奥“ボウイ”昌史 撮影=桃子