水野雄仁氏「蔦監督とともに投げようと…」 レジェンド始球式でストライク投球

水野雄仁氏「蔦監督とともに投げようと…」 レジェンド始球式でストライク投球

 第100回全国高校野球選手権大会第7日は11日、甲子園球場で行われ、第1試合の龍谷大平安(京都)―鳥取城北(鳥取)の試合前に、池田(徳島)OBでプロ野球巨人で活躍した水野雄仁氏(52)が「レジェンド始球式」に登板した。

 緩いボールながら低めに決まるストライク投球を披露し、聖地の観客の歓声浴びた水野氏は「高校の時と変わらない夏です。(故)蔦監督とともに投げようと思っていました」と恩師の蔦文也氏への思いを口に。そして「生きていくうえであきらめない気持ちが自分の人生に生きていると思います。蔦監督は『人生は敗者復活戦』といつもおっしゃっていた。負けて立ち上がらないと戦いは起こらない。50歳を過ぎても、甲子園を目指すあの執念には、いつまでたっても追いつけない。(高校球児には)勝ったことよりも、負けたことから学んでほしい」と話し、球児たちに名将の言葉とともにエールを送った。

 水野氏は池田時代に3度甲子園に出場。エースで4番として活躍し、その風貌から「阿波の金太郎」のニックネームがついた。82年夏→83年春に史上4校目となる「夏春連続制覇」を達成。82年夏は準々決勝で当時荒木大輔(現日本ハム2軍監督)擁する早実と対戦し、満塁弾を放った。83年ドラフトで巨人の1位指名を受けて入団。先発として活躍した後、藤田、長嶋監督時には中継ぎ、抑えとして存在を示した。

 100回大会を記念して行われる「甲子園レジェンド始球式」には、初日の松井秀喜氏(44)を皮切りに夏の甲子園で活躍した18人のレジェンドが毎日登場。20日の準決勝ではPL学園(大阪)で夏2度の優勝を果たした桑田真澄氏(50)と、日米球界で活躍した「大魔神」佐々木主浩氏(50=宮城・東北出身)が登板する。決勝戦では、1969年夏の決勝戦で、延長18回引き分け再試合の死闘を演じた三沢(青森)の太田幸司氏(66)と松山商(愛媛)の井上明氏(67)がダブル登板する。


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