【新大関・朝乃山独白「一生懸命」(終)】 (富山商の)浦山先生の葬儀のため、富山に帰っている新幹線で、弔辞の文を考えていたら自然に涙が出てきて考えられなくなった。その時、高校3年間、正月に先生の家でお雑煮を食べたことや稽古で胸を出してもらったこと、いろんな思い出が浮かんできた。最後は泣きながら考えて、富山駅に着く直前でやっと弔辞が出来上がった。葬儀場に着いて浦山先生の顔を見た時、本当に死んだんだなと実感が湧いてきてまた涙があふれてきた。

 「おかげさんで幕下優勝することができました。本当は電話で伝えて、先生の本当の声を聞きたかったです。先生に恩返ししたいですし、これからも頑張りますので、応援のほどよろしくお願いします。お疲れさまでした」

 弔辞も読み終えて葬式が終わるころ、先生の奥さんから「先生から」と言われて封筒を渡された。本当にクソみたいな話だけど、優勝して地元に帰ったので、泣いておきながら封筒を見て「よっしゃ祝儀や!」と心の中で喜んでしまった。実家に帰って見てみたら何だ手紙かと。パッと見たら何か書いてあって、読んだら自然と涙が出てきた。

 「石橋よく頑張っている。おれのほこりや!入門したときからチャンスがある。スーパースターになれるやつは一にぎり。おまえにはそのしかくがある。横綱はなかなか大変だが、おまえには無げんのチャンスがある。富山のスターになりなさい(原文のまま)」

 僕はずっと先生を信じてやってきた。遺書も先生と一緒に戦っているという意味で常に持っている。亡くなる前に震えた手で、先生の家族と近大の伊東監督と僕に書いてくれた。本場所には巾着に入れて必ず持って行くようにしている。富山に帰った時は必ず先生の家に寄って手を合わせている。そこに行かないとなぜか気が済まない。先生に上から「おまえ変わったな」と言われたくもないし。大関は一つの恩返し。遺書に書いてくれた言葉を現実にして「よくやったな」と喜んでもらいたい。(朝乃山 英樹)