巨人・長嶋茂雄監督 94年「10.8」から“予言通り”の日本一で伝説完結

スポニチアネックス6/5(木)5:25

巨人・長嶋茂雄監督 94年「10.8」から“予言通り”の日本一で伝説完結

94年、日本一となり胴上げされる長嶋監督

 ◇歴代担当記者回想 長嶋さんを追いかけて 2

 古い写真がある。右下には「1994・10・28」の日付。満面の笑みの長嶋茂雄監督を当時の担当記者らが取り囲んでいる記念写真だ。場所は東京・銀座にあったホテルだ。この日は巨人と西武が戦った日本シリーズ第5戦と第6戦の間に設けられた移動日だった。この時点で巨人は3勝2敗だった。

 「皆さん、フレンチは食べ慣れているでしょうから、明日はイタリアンでね。最近はイタ飯って言うんでしょ、イタ飯。むふふふ」

 長嶋監督がこう言ったのは確か前日の第5戦の試合前だ。日本シリーズの真っ最中にフランス料理など食べたことのない担当記者を招待するというのだ。

 座は盛り上がった。楽器のたしなみがある女性記者がバイオリンやピアノを演奏した。値段が想像つかないワインをがぶ飲みする人もいた。長嶋監督に聞いた。

 「いくら何でも今日はまずくないですか?」

 「何言ってんの。心配性だなあ。大丈夫、大丈夫。ウチの選手はね、凄いんだから」

 この頃、野球の神が降りてきていたのかもしれない。確かにこの年の「10・8」以降、「予言」は恐ろしいほど的中していた。東京ドームの第1戦と第2戦で1得点しかできなかったが、「所沢に行けば打線が爆発する」「第6戦がビッグゲームになる」――。そしてその第6戦で巨人は3―1で西武を下したのだ。監督として初めての日本一だった。

 シリーズ前の予想は圧倒的に西武有利。経験豊富で百戦錬磨の西武だが、なぜか実力を出し切れずミスが多く出た。巨人とは対照的だった。長嶋監督の予言は巨人選手への暗示だったのだろう。暗示が自信となり、自信が奔流になったのだと思う。そうさせるだけの得体の知れない力があった。世界にはそういう人も存在するのだ。

 振り返ればパッとしない記者生活にあって、長嶋監督日本一を伝える原稿を書かせてもらった経験は喜びだ。後日、長嶋監督にネクタイを頂いた。鮮やかなグリーンに小さな赤いドットが入っていた。(91〜94年巨人担当・田村 智雄)

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